「数十万人分の個人情報を記録した、市役所のUSBメモリー紛失」というニュース。これには、その市の住民だけでなく、かなりの人が不安や恐れを感じているようです。
「個人情報は、厳格に管理され、守られるべき」ということが、すっかり社会に浸透しているわけです。実際その必要はあるでしょう。
これからの社会は、「個人情報が守られる」ことをさらに突き詰めていくでしょう。
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そこで私は、ファンタジー小説『ゲド戦記』(ル=グウィン作)の世界を思い出します。
『ゲド戦記』の舞台は、アースシーという古代・中世風の異世界。そこでは魔法が科学のような役割を果たしています。
そして、全ての人に「真(まこと)の名」というものがあり、それを知れば相手に魔法をかけることができる。人びとは真の名を限られた身内以外には明かさず、通り名(通称)で暮らしています。主人公の魔法使いゲドにも、ハイタカという通り名があります。
アースシーにおける真の名は、私たちの社会の個人情報やパスワードみたいなものです。私たちもアースシーのように、本名を使うのをやめ、通り名で暮らしては?
そして、人びとは本当の住所のほかに、私書箱のような仮の住所を持つ。買い物も就職も、通り名と仮の住所で行う。本名や住所は、家族や公的機関にしか明かさない。
「本名を明かさない」ということは、ネット上では一般化していますが、リアルな社会生活でも同じようになるかもしれない、ということです。
悪い冗談と思うかもしれません。でも、近年の個人情報に対する厳格なスタンスをつきつめていくと、あり得ることです。
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でも『ゲド戦記』のアースシー的な世界は、ほんとうに安全なのでしょうか?
このような「個人情報が徹底的に守られる社会」は、「真の名」を管理する公的機関などへの信頼がベースになっています。
しかし、信頼できるはずの権威ある機関が、じつはずさんな管理をしていたり、管理に思わぬ大きな穴があったりすれば、いろんなことが崩れてしまいます。
そして、そのようなリスクは、どんな社会でも消えることはないでしょう。公的機関、つまり官僚機構というのは、どこかで綻びや腐敗が生じるものです。巨大さや権威、それにともなう信頼に見合うだけの内実を備えていないことが、一定の頻度であるはずです。
今回のUSBメモリー紛失も、まさにそれを示していると思います。
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