そういちコラム

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初心者のための、リベラルと保守、ポピュリズムの基礎知識

リベラルと保守――両者は政治的な立場の代表的なものです。

リベラル(リベラリズム)とは、個人の自由を重視する立場。人は古い価値観や慣習から解放されるべきである。たとえば妊娠中絶、LGBTは生き方の自由に属することで、皆がしたいようにすべきと考える。移民に対しては開放的。移民・外国人も個人として尊重されなくてはならない。

そして、人びとの自由実現のため、政府は積極的に福祉を行うべきだとする。つまり「大きな政府」志向。また、軍事力を用いるよりも、話し合いによる国際協調を重視する。

アメリカの民主党(とくに左派)は、おおむねこれにあたるとされます。

以上をまとめて「リベラル」を定義すれば、つぎのようになるでしょう。

資本主義を前提に、政府の積極的な関与によって社会問題を解決し、すべての人が自由に自分らしく生きる社会をめざす政治的立場

「資本主義を前提に」とあるのは、「大きな政府」といっても、資本や私有財産を否定する社会主義・共産主義とはちがうということです。

現代のリベラリズムは、1900年代前半に生まれました。そして当初は「ニュー・リベラリズム」といわれることもあった。

これは1800年代に有力だった「自由放任主義」の基礎であった「自由主義(リベラリズム)」に対する「ニュー」ということ。

1800年代には資本主義がおおいに発達する一方で、政府の社会・経済への関与はきわめて限られていました。そのような「自由放任」の経済で、格差や貧困の問題が非常に深刻化していた。

そこで、政府の積極的な関与によって社会問題を解決すべきという「ニュー・リベラリズム」が生まれました。

そして第二次世界大戦以降、先進国の多くはニュー・リベラリズムの政策を採用するようになりました。戦争による破壊を経験したあと、人びとは政府の積極的関与による生活の安定を求めたのです。

主流になった「ニュー・リベラリズム」は「ニュー」がとれて、単に「リベラリズム(リベラル)」といわれるようになりました。そして1800年代的な、自由放任の基礎になったリベラリズムは、現代では「古典的リベラリズム」と言われます。

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一方、保守とはリベラル的な「自由万歳」に「待った」をかける立場です。

保守はリベラルにくらべ、やや包括的というか輪郭のはっきりしないところがあります。そこで諸説ありますが、私はつぎのように定義できると思います。

「リベラルの理想の多くは人間や社会の本来の姿に反している」と考え、社会に根付いた伝統や慣習を重視することによってこそ、より良い社会が成り立つという立場

この立場では、リベラルが擁護する中絶やLGBTは本来の家族のあり方などに反するものとされます。そして移民は、国のあるべき秩序・文化に悪影響がある。

貧困などの社会の問題はできるだけ家族や地域で解決すべき。過度の福祉は、怠惰を生み国家を破たんさせる。つまり「小さな政府」志向。

また、自国の伝統や歴史を大切に思うことは、自国の(ほかの国に対する)優越性の思想につながります。そこから強い軍事力で国益を守ろうという考えも強くなる。

アメリカの共和党は、おおむねこれにあたります。

また、伝統社会では家父長の権力が強かったので、国のリーダーにも家父長的なあり方が望ましいとする傾向も、保守にはあります。

政治において「家父長的」とは、民主的な手続きに縛られず(縛られ過ぎず)、国民のために正しいと思った政策を強いリーダーシップですすめていくこと。これは「パターナリズム」ともいいます。

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保守という立場は、さかのぼれば市民革命(1700年代末のフランス革命など)の頃からありました。

市民革命直後の(1800年代前半の頃の)保守にとって「立ち返るべき伝統」は、市民革命以前のあり方でした。

しかし、今の保守ではさすがにそれはありません。リベラリズムがニュー・リベラリズムというかたちでリニューアルされたように、時代とともに保守もリニューアルされていったのです。

現代の保守の主流は、1970年代から有力になった「ネオ・リベラリズム」と結びついています。「ネオ・リベラリズム」は「新自由主義」と訳されます。

「ニュー」ではなく「ネオ」です。さきほど述べた、現代は「リベラル」といわれる「ニュー・リベラリズム」とは異なる(それと対立する)ものです。ややこしいですね。

ネオ・リベラリズム=新自由主義は、欧米では1970年代から台頭しました。

戦後復興から1960年代まで、先進国の経済はリベラリズム的な政策のもとで一応順調でした。しかし1970年代になると、経済成長が鈍化するなどの変調をきたした。

そこで「リベラリズムは見直されるべきで、やはり小さな政府が正しい」という主張がなされ、説得力を持ったのです。

とはいえ、1800年代の自由放任に戻ることは現実的には無理。そこで現代の発達した行政を前提としながら、福祉や公共事業、政府による規制について、見直し・削減を行うべきとしました。

経済政策では、政府による産業振興や公共事業よりも、金融政策(マネーのコントロール)を重視。

また、とくに企業や富裕層に有利な減税を行うことにも積極的。高齢化で働き手が減るなかで、より多くの国民を労働力として動員することも重視。

こうした政策によって、社会・経済の活性化をめざすということです。

そして規制緩和や減税は、多くの企業、とくにグローバルに活動する大企業にとっておおいに歓迎できるものでした。

このような新自由主義の考え方をもとに、現代の保守の主流はリニューアルされています。

これに対しリベラルのほうも、公共サービスをかつての一律的なものではなく、現代社会の実情(家族の多様化、少子高齢化など)に対応させるなどのリニューアルに取り組んできました。

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ところで日本では近年まで、以上のような「リベラルと保守」という概念は、明確ではありませんでした。

まず、戦前の日本では明治以来、国家がいろいろなことを主導する傾向が強く、古典的なリベラリズムは有力ではなかった。そして、国が貧しかったので、リベラル的な福祉政策については「あり得ない」とリーダーの多くは考えました。

戦後の日本の政治における対立構造は、基本的に「保守VS革新」でした。これはおおまかには「資本主義を支持するか、社会主義・共産主義をめざすか」という対立であって、資本主義が前提の「リベラルと保守」とは似て非なるものです。

具体的な政党でいえば、1955年に2つの保守政党が合同して生まれた自由民主党が保守の代表であり、55年以来長いあいだ自民党政権が続きました。その一方、社会党などの革新政党が、野党の主流でした。

なお、自民党では一部に「リベラル」的な面のある政治家もいて、その派閥はかなり有力でした。日本の政治も、欧米の政治思想の潮流にそれなりの影響を受けていたのです。

その後、社会主義国家・ソ連の崩壊(1991)などによる冷戦終結で、従来の「革新」は後退していきます。そのなかで、1993年に非自民党政権(短命に終わった)が成立した頃から、従来の「革新」にかわる旗印として「リベラル」が自覚されるようになったのです。

このように、日本でのリベラルの伝統は、欧米にくらべれば浅いものです。

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そして2010年代以降は、それまでの「リベラルと保守」の枠組みにおさまらない「ポピュリズム」(あえて訳せば大衆迎合主義)といわれる方向性も有力になってきました。

ポピュリズムの基調は「反リベラル」です。たとえば移民に対してリベラルが解放的であることを、ポピュリズムでは強く非難します。そして移民排斥の主張は、自国民の優越という考え方ともつながっています。

ではポピュリズムは保守なのかというと、現代の保守の主流と結びついた新自由主義とはかなりちがいます。

新自由主義では肯定されるグローバル化は、ポピュリズム的な主張ではさまざまな問題の根源とされます。たとえば「グローバル化による国内産業の空洞化で多くの失業が生まれている」というのです。

また、一般的な保守が政府による給付全般に消極的なのに対し、ポピュリズム的な人びとのあいだでは「自国生まれの国民には手厚い給付を行うべき」という主張がなされることがあります。景気対策としての公共事業にも積極的な面がある。

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今の世界には、ポピュリズム的な政権や、その傾向のある有力な政治家が一定数存在します。アメリカのトランプ政権(2017~2021)も、その一つとされました。ただし、日本ではポピュリズムは今のところそれほど有力ではないようです。

なお、「ポピュリズム(ポピュリスト)」は批判する側からの蔑称=悪口です。政治家が自分のことを「リベラル」あるいは「保守」と自称することはあっても、「私はポピュリスト」と自称することは、ふつうはあり得ません。

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以上のような「リベラル」「保守」「ポピュリズム」についての基礎知識を知っておくと、政治に関する議論が理解しやすくなるでしょう。

また現実の政治は、ここで述べた枠組みにおさまらないことが多々あります。しかし、基本概念をおさえて見取り図を描くことは、理解への第一歩です。

 

アメリカの共和党のシンボル(ゾウ)と民主党のシンボル(ロバ)。ゾウは威厳や力をあらわす。ロバは利口で勇敢、庶民的なイメージ。

参考文献 リベラリズム・政治思想史全般についてのおすすめの概説書

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