亡くなったソ連最後の指導者・ゴルバチョフ元大統領(1931~2022)は、どんな人物だったのか? どう評価すればいいのか?
私なりに「たとえ」として思うのは「『“神はいない”と人びとに知らしめたローマ教皇」というイメージです。
もう少しいうと「神をそれほど信じていないし、教義を深く理解してもいないのになぜかローマ教皇になり、そのあげくにカトリック教会の組織を崩壊させてしまったような奇妙な人物」ということ。以下、このことを説明します。
***
ゴルバチョフという人は、ソ連社会ではふつうにエリート大学を卒業して、ふつうにエリートとして順調に出世して、最高権力者にまでのぼり詰めた人物。硬直化した官僚国家である当時のソ連で出世するのは、そういう人でした。
でも、最高権力者になってからは「ふつう」ではありません。
ゴルバチョフが最高権力者になった1980年代半ばのソ連は、社会主義の行き詰まりに直面していました。アメリカと軍事力で競いあう「超大国」でしたが、経済はガタガタで、人びとの自由は抑圧され、アメリカとはいつ核戦争になってもおかしくないという状況。
ゴルバチョフは政治の再建(ペレストロイカ)に取り組みました。自由な経済活動をある程度認め、経済・社会の活性化をはかる。アメリカなどの西側との関係を改善する――こういう改革は、鄧小平が指導する1980年代の中国共産党も行ったことです。
ゴルバチョフは、やり方しだいでは鄧小平のような歴史的役割を果たしたかもしれません。つまり「社会を資本主義的に再編成することで、共産党の支配体制を立て直す」ことができたかもしれない。
***
しかし、ゴルバチョフは鄧小平とはちがう方向へすすんでいきました。
彼は、それまで隠ぺいされていた政府の情報について公開をすすめ、報道・言論の自由を大幅に認めたのです。「グラスノスチ(情報公開)」と称する政策です。
グラスノスチによって明らかになった最も重要なことは、「平等社会」であるはずのソ連に、利権を独占する強固な特権階級(官僚組織の頂点にいる人びと)が存在すること、その特権階級がひどく腐敗している実態でした。
そのことが、国家が公開・公認した情報をもとに、多くの人びとに知れわたったのです。
これは、ソ連の体制にとって致命的なことでした。
そもそも「ソ連の社会主義が経済的繁栄をもたらすことに失敗した」ことは、内外の誰の目にも明らかでした。
しかし「それでも平等ということだけは、かなり実現したはず」というのは、少なくとも大衆レベルでは相当に信じられていました。西側でも「社会主義国家は平等」と思っている人は少なくなかった。
しかしじつはソ連は「きわめて不平等な格差社会」だった、大衆は苦しい生活なのに、特権階級は利権にまみれて贅沢三昧をしている――これが国内で広く認識され、公然と論じられるようになった。
そうなれば、ソ連の体制の正統性は急速に揺らいでいくしかありません。
***
「不平等な格差社会」というのは、資本主義(自由主義)が「本家」のはずです。
しかし資本主義社会では、かなりの「自由」があります。ソ連の社会主義のように、国家が国民の内面や良心に直接に干渉することは基本的にありません。国家があからさまに検閲や盗聴をすることはないし、どこで暮らし、何を職業とするかも、原則として自由です。
しかし社会主義のもとでは、そのような「自由」は大幅に制約を受け、国家が生活や内面に遠慮なく立ち入ってくる。
その「不自由」を受け入れてきたのは、「いつかは経済発展によって資本主義を凌駕する」という希望と、「平等社会」という理想を、それなりに人びとが信じたからです。
ゴルバチョフの時代には「経済で資本主義を超えるのは夢のまた夢」になってきたものの、「平等社会」という理想はまだそれなりに生きていた。
しかし、グラスノスチ(情報公開)は、ソ連という国が「まったく平等ではない」ことを明白にしてしまった。さらに西側との経済や自由における格差についても一層多くの情報が入ってきた。
そして体制の動揺で経済・社会のさまざまな混乱が起こり、生活はますます苦しくなっていく。
これでは「社会主義や共産党の支配なんて、いいところが何もないじゃないか」となるしかない。
***
こういう「情報公開」は、たとえるなら、ローマ教皇が「本当は神様なんかいない」「カトリックの幹部たちも実は神などいないことはわかっている」「しかし信者から巻き上げた金で贅沢三昧するなど、腐敗しきっている」みたいなことを、内部の機密資料を公開して知らしめているようなものです。
しかし、ゴルバチョフは体制を破壊しようとしたのではなく、あくまで立て直しをしたかったのです。グラスノスチを通じて体制から腐敗を除去し、国民の信頼を得て再出発をはかろうとした。
でも、後知恵でみれば「グラスノスチは、カトリックにおける神の否定につながるようなもの」だったわけです。
***
「社会主義という宗教」で教皇になったゴルバチョフという人物は、「神」や「信仰」の大事なところがわかっていなかったのでしょう。
彼はおそらく心底では「神(社会主義)」を信じていなかった。しかし、本人はその自覚が不十分なまま、頭の良さや要領を発揮して教皇(最高権力者)になってしまった。
政権の後半には、ゴルバチョフは「書記長」ではなく「大統領」になり、共産党の一党独裁を廃止する(ほかの政党を認める)ことも行っています。
これに対し同時代の鄧小平は、あくまで共産党独裁を堅持し、その独裁への批判を徹底的におさえ込むことにこだわりました。そのうえで経済面での「改革・開放」をすすめていった。
鄧小平からみれば「ゴルバチョフは自殺行為をしている」と思えたはずです。
***
しかし、ゴルバチョフによる「奇妙な自殺行為」は、世界史の歯車をすすめることにはなりました。「社会主義」という「理想」や「実験」が完全に破綻したことが、世界じゅうの人びとに明らかになったのです。
つまり、ソ連の崩壊(1991年)によって社会主義(マルクス・レーニン主義)という「宗教」がすっかり説得力を失ってしまった。この「宗教」から人びとを解放するうえで、ゴルバチョフという「教皇」は最大の貢献をしたのです。
もしも、ゴルバチョフが鄧小平なみの政治的力量や洞察力の持主だったらどうなっていたか?
おそらくソ連の共産党独裁はリニューアルされたかたちで生きのびて、「建前」としてのマルクス・レーニン主義も、ある程度生き残ったのではないでしょうか?
もちろん、生きのびたところでそのうち限界が来たはずです。しかし、「社会主義の終焉」は、現実の歴史よりもあいまいになっていたのではないか。
そうなっていたとしたら、人類にとってはマイナスだと思います。ただし「ロシア人にとってどうだったか」は、また別の話ですが。
***
ゴルバチョフは、評価の分かれる人物です。「冷戦を終わらせ、第三次世界大戦を防いだ」といった西側の評価がある一方、「その後のロシアを混乱と衰退に導いた元凶」だという評価は、ロシアでは根強い。
私はゴルバチョフを、世界史的観点から、基本的には前向きに評価しています。「人類を誤った“宗教”から解放した」という功績が彼にはあると思うのです。
しかし、それは彼が本来意図したものではなかったということです。ここが、ゴルバチョフの独特なところです。
関連記事
私そういちによる世界史の入門・概説書