諸星大二郎のマンガで「マンハッタンの黒船」という短編があります。1978年に『別冊少年ジャンプ』に掲載された作品。
198X年に、アメリカ合衆国は鎖国を断行。その99年後に縁井(へりい)提督率いる日本の黒船(巨大な原子力艦)がマンハッタンに来航して開国を迫る。鎖国下のアメリカは、謎の「永世大統領」が支配している。
このマンガは、つぎの説明で始まります。
《アメリカが
鎖国を断行したのは
一九八X年のことである。
その原因については
ドル防衛、貿易規制、 不況への国家対策…など
いろいろ言われてはきたが
決定的要因は
歴史学者の間でも
一致をみない》
《とにかくアメリカは
その最盛期の状態で
太平の眠りに入ったのである。
それと同時に国外には
ミスター・プレジデント
としてしか知られていない
大統領が、永世就任した。(以下略)》
そして、物語の冒頭では、マンハッタンに入港しようとする日本の「黒船」の側に「不自由の女神」という、「自由の女神」を改造したような大きな像が建っている様子が描かれる。
また、物語がすすむなかで、「永世大統領」による、こんなセリフも出てきます。
《…人民の人民による
人民のための鎖国だ》
ストーリーのなかで説明されますが(ネタバレにならないよう、抽象的にしかいいませんが)「鎖国」は独裁者が押し付けたものではなく、基本的には民意に基づくものでした。
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私はこのマンガをほぼリアルタイムで(高校生だった1980年代前半に)読んでいますが、そのときにはもちろん「荒唐無稽な冗談の世界」だと受けとめました。でも、諸星大二郎の不思議な世界に引き込まれ、印象に残るマンガだったことも確か。
この作品の発表から40数年が経ちましたが、今や「あり得ない」と思っていた世界が、マンガの空想のまま実現したわけではないけど、ある種のリアリティを感じさせるようになっています。
ご存じのように、今のアメリカ政府は、多国間の枠組みに背を向けたり、異常な関税を設定しようとしたり、一部の移民を非人道的なかたちで国外退去させたり、あるいは自国の名門大学の留学生を追放しようとしたりしているわけです。
これらの動きを一言で集約するなら「鎖国」的な動きといえるでしょう。
そして、この方向性は、相当な民意に基づいている。
さらに、今の大統領が、現行の合衆国憲法で禁止されている「3期」を目指している可能性もやはり否定できない(大統領はあとで否定はしているが、3期目に前向きな関心を示したことはあった)。つまり「永世」ではないけど、「終身大統領」を志向している可能性がある、ということです。
今のアメリカは、「自由の女神」じゃなくて、ほんとうに「不自由の女神」が似合うようになりつつあります。今の方向性がさらに進めば、たしかにそうなる。
「マンハッタンの黒船」を、こんなかたちで語るときが来るとは。
そして、当時はまだ若かった諸星大二郎という大マンガ家のイマジネーションのすごさにも、あらためて感心します。
また、1970年代の「少年ジャンプ(別冊)」で、こういう社会的・歴史的な視点を含んだ、相当に尖った内容のマンガが掲載されているのも、なかなかすごいと思います(もっとも、このマンガのすごさが当時どれだけ理解されていたかは、わかりませんが)。
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なお、「アメリカの鎖国」をモチーフとしたものとしては、小松左京の短編「アメリカの壁」 もあります。こちらは1977年の作品で「マンハッタンの黒船」よりも少し前です。未確認ですが、諸星は「アメリカの壁」に影響を受けているのかもしれません。
「アメリカの壁」では、ある驚異的なSF的テクノロジーを用いて「鎖国」するアメリカが描かれています。
ただし、「アメリカの壁」は、アメリカが「鎖国」に入っていくその瞬間を(そのときアメリカに居合わせた日本人ビジネスマンの視点で)描いたものです。これに対し、諸星が描いたのは、鎖国から約100年後の世界。基本設定は共通していても、2つの作品の趣向や視点は異なっています。
小松左京の「アメリカの壁」も、そのイマジネーションや先見性に驚かされます。
私は1980年代後半の大学生のときに初めてこの作品を読み、やはり引き込まれはしましたが、リアリティ(現実化の可能性)を感じることはありませんでした。
しかし、今読み返すと「これは現代の話だ」と思えます。
たとえば、1970年代当時における近未来のアメリカについて、主人公たちがこんなことを語り合っています。少し長くなりますが、引用します。「ほんとうにこれは現代の話だ」と驚くので。
《〔今の大統領になってから〕アメリカは、“外”の問題について、ほとんど完全に冷めてしまったみたいだ。そのリーダー意識も、使命感も……。かつて、アメリカは、この地球上で、人類がうみ出した一番大きな国だった。というのは、アメリカ社会と、社会意識の中には、いつも“世界性”があったからだ。アメリカに来れば、“人類の未来”や、“地球時代”というものが、ほかの地域にいるより、はるかに直接的に見えていた……。だけど、どういうわけか、今の大統領が当選する前夜から、アメリカはいやに小さくなりはじめた。内向的になり、外の世界に冷淡になり……センチメンタルなまでに自愛的になり……》(主人公の日本人の台詞)
(これに対するアメリカ人の登場人物の、アメリカを弁護する立場の台詞)
《…それもやむを得ないんじゃないかな。…“外の世界”はあまりに長い間、アメリカにぶら下がりすぎた。アメリカに言わせれば、あまりに長い間、むしられすぎた。いくら巨大な鯨でも、これだけいろんな連中にむしられりゃ……しかも、むこうには、自由世界と全く体制のちがう、まわりに対してきわめて非情な行動のとれる、巨大な相手がいて、どんどん強大になっている……》
以上の台詞の最後に出てきた「自由世界と体制のちがう、巨大な相手」というのは、1970年代当時ではソ連を指していたはずですが、今はまさに中国が、当時のソ連以上にあてはまります。
くりかえしますが、諸星大二郎の作品も、小松左京の作品も、今から50年近く前のものなのです。
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私たちは、すぐれた漫画家や作家の想像力に、もっと学ばないといけないと思いますが、どうでしょうか。
とはいえ、作家のイマジネーションは、超能力的な予言ではありません。ここで紹介した、すぐれた作家たちの描く未来は、おそらく彼らの時代(1970年代)にすでにあった現実に根差しています。つまり、同時代の現実が「元ネタ」なのです。
「内向きになりつつあるアメリカ」の萌芽は、ここでは立ち入りませんが、ベトナム戦争で失敗した直後の頃のアメリカにすでにあったはずです。ただし、それはやはりまだ萌芽のレベルだった。小松左京は、SF的な空想のレンズでその限定的な現実を拡大したり、デフォルメしたりして、1970年代の時点で私たちの前に映し出してみせたわけです。
そして、2020年代現在、かつての萌芽的現象は、リアルで大きなものとなって、誰の目にもはっきりみえるようになった。
しかし、大きく、はっきりとみえる現象の陰で、つぎの未来をかたちづくる何かが、目立たないかたちで、すでに姿をあらわしているはずです。自分自身の「レンズ」でその「何か」を認識して描き出せるものなら、やってみたいものだとは思います。でも、なかなかむずかしい。
それが無理でも、現代において往年の小松左京や諸星大二郎クラスのイマジネーションの「レンズ」を持つ人がいたら、それを正しく評価できるようではありたいものです。
そして、おそらく今も人類の未来は、アメリカのなかにあるはずです。
小松左京が作中の人物に語らせたとおり「アメリカに来れば、“人類の未来”がみえる」ということは、今でも有効のはずです。
たしかに、小松の小説で述べられていた「内向的になり、外の世界に冷淡になり、センチメンタルなまでに自愛的になり……」ということが、これからますますアメリカ以外の世界各地でみられるということでしょう……
想像力をたいして働かせなくても、それはかなり明らかではないかと思います。

「マンハッタンの黒船」所収の、諸星の短編集のひとつ
「アメリカの壁」所収の、小松の短編集のひとつ

