そういちコラム

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お金を使うのはむずかしい・防衛予算増額のこと

防衛予算の増額については、今の日本周辺の情勢だと、一定程度はやむを得ないと、私も思います。しかし心配なのは、「増額した予算をうまく使えるか?」ということです。

アジア・太平洋戦争における日本軍は、軍事費の使い方が上手ではなかったようです。その象徴は戦艦大和のような、当時時代遅れになっていた巨艦に莫大な予算・資源を投じたことでしょう。

アジア・太平洋戦争についての研究者のなかには、「日本軍はアメリカの圧倒的な物量に負けた」「不利な状況で善戦した」という見方に異をとなえる見解もあります。吉田裕さん・森茂樹さんは共著のなかでこう述べています(以下、引用箇所の執筆分担は吉田さん)。

“…実のところは、日本軍には「弱いなりの戦い方」ができなかったというのが真相である。敵にくらべて国力がはるかに貧弱なのだから、その乏しい力をいかに効率よく、合理的に使って戦争目的を達成するかを考えなければならないのに、実際にはたださえ乏しい力をどんどん浪費してしまっている”
(『アジア・太平洋戦争』吉川弘文館、8ページ)

つまり、当時の日本軍は「予算や資源、労力の使い方がヘタだった」ということです。

その「ヘタ」な面を象徴することのひとつに、「補給の弱さ」があります。先ほどの吉田・森両氏の著書でも“ただでさえ乏しい国力の無駄づかいに終始した日本軍の最大の失敗は補給の軽視であった”と述べています(25ページ)。

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では今の自衛隊はどうなのか? 私はそれを直接論じた専門家の論説を読んだことはないのですが、「今の自衛隊も、補給(軍事用語で兵站)に対する認識は弱いのではないか」と疑いたくなる話が、前掲の吉田・森共著にあります。

それは旧日本軍の補給部隊の出身で陸軍中将だった、田坂専一の発言です。田坂元中将は、戦後の1966年から80年かけて自衛隊のエリート将校たちが編纂した公刊の戦史『戦史叢書』(日清・日露をはじめとする明治の戦争から第二次大戦終結までの日本の戦史をまとめた本)について、補給の専門家としてつぎのように述べているのだそうです。

“…残念ながらこれらの戦史の中には、輜重(そういち注:しちょう、補給のこと)のことについては詳しく記載されていないのが実情でありまして、〔中略〕このような結果になったのも、〔中略〕近代戦に於いては、補給は一層その重要性を増したにも拘わらず、陸軍の中に精神面を重視するあまり後方補給の軽視乃至は物的戦力に対する認識の不足という底流があったからではなかろうかと存じます”(吉田・森前掲書74~75ページ)

1980年頃に完成した自衛隊の将校がまとめた戦史で、補給のことが軽視されているとのこと。

40年以上も前のこととはいえ、こういう「物資・予算のムダ使いにつながる、補給というものを軽視する精神」が今の自衛隊でも何らかの形で生きているのではないかと心配になります。今の自衛官は1980年頃までの自衛官の後輩ですから。

そして、軍事の専門家である自衛官以外の人たち、つまり政治家などの影響も心配の要素です。自民党をはじめとする現代日本の政治家に予算のムダ使いの傾向があることは、周知のことです。

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アメリカの大富豪のアンドリュー・カーネギー(1835~1919)の言葉に「お金は、稼ぐより使うほうがむずかしい」というのがあります。

彼は裸一貫から身をおこして、製鉄業で財閥を築きました。しかし、66歳で会社を売り払い、今の価値で何兆円ものお金にかえてしまった。そして、そのお金をすべて社会事業につぎ込みました。図書館、学校、ホールの建設、平和や教育のための基金など……

その事業においてカーネギーは、常に慎重に検討・研究を重ねたうえでお金を使いました。「ヘタにお金を使えば、社会事業であってもかえって害をなす」と考え、何兆円もの資金がありながら、シビアにお金を使ったのです。

その活動のなかで「お金を使うのはむずかしい」という言葉が出てきたわけです。まさに「お金の達人・巨匠」といえる人物がそういうことを言うのですから、ほんとうにむずかしいのでしょう。

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自衛隊の予算の増額は、社会のなかに「予算が足りない」現場が多々あるなかでのことです。たとえば保育士の配置(国家の予算配分が影響している)が十分でなかったり(最近のニュース関連)、市内の小学校でストーブや燃料を買う予算が不足して教室が寒かったりする(地元の子育て世代の人の話のまた聞き)のです。

どこかの自治体で「維持の予算がかかる」ことを理由のひとつに、「騒音がうるさい」という苦情のあった児童公園が廃止されることになった、なんてニュースも近頃ありました。

そんななかで「兆」のとてつもない単位で予算を増やすわけです。

私たちの自衛隊や、そこに関わる政治家・官僚は、ほんとうに増やした巨額の予算を有効に使えるのか? 彼らは苦労人の大富豪・カーネギーほどお金にシビアではないと思います。私はやはり心配しています。

参考文献