そういちコラム

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世界における「移民」「難民」の大まかで基本的な数字

「移民」「難民」のことは、世界情勢を理解するうえで非常に重要なはずですが、私たちはそれについては(世界情勢に関するほかのこととくらべても)まったく知識が足りないように思います。

この記事では、世界における「移民」「難民」についてのごく大まかな統計の話をします。移民問題についての概説書や一般的な統計集で私が知ったことのうち「これは基礎的な数字だ」「興味深い」と思ったものについて述べます。

各国の事情や「移民は仕事を奪うのか?」みたいな具体的な社会問題については、ここでは述べていません。でも、ぼんやりと「やっぱり移民・難民の問題は大きなテーマだ」と感じるうえでの参考にはなるとは思います。

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そもそも「移民」「難民」とは何でしょうか? 

移民とは、国連の定義では「居住国から一年以上離れて暮らす人」のことで、永住や長期在住を志向する人だけでなく、出稼ぎ的な人も含みます。

また「難民」とは、難民条約(1951年)の定義を要約すると「戦時・平時を問わず人種、宗教、国籍、政治的意見などが原因で迫害を受ける恐れがあるために他国などに逃れ、国際的保護を必要とする人びと」と定義できるでしょう。

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現代の世界では、新興国や発展途上国から多くの人びとが欧米先進国へと流れ込む動きが活発化しています。

たとえば近年の西ヨーロッパでも、移民や難民の増加がみられます。つまり、「文明の中心」に向かって「周辺」から多くの人びとが流れ込む動きがあるわけです。より良い暮らしや安全な環境を求めてのことです。

国連の統計によれば、1990年から2020年のあいだに世界の国際移住者(おもに移民で、難民も含む)は83%増えて、およそ1.5憶人から2.8億人になっています。

その男女比率は、男性52%、女性48%で、ほぼ男女半々です。サービス業の労働力の需要増により、女性の割合が近年増えている。

「2.8憶人」は2020年の世界人口の3.6%です。私は「移民・難民が世界人口に占める割合は意外と少ない」ように感じますが、どうでしょうか? 

海外に移住するということは、やはり簡単ではないので、それも当然かもしれません。ただし現時点で「3.6%」ということは「まだまだ伸びしろがある」ように、私は思います。

なお、世界人口は1990年から2020年のあいだで47%増(53億→78億)なので、国際移住(移民・難民)の増加ペースはこれを明らかに上回っているのです。

そして、「南」(途上国・新興国)から「北」(先進国)への移住の増加が目立っています(この点についてはある概説書にそういう記述があるものの、具体的な統計がその本にはなく、私はまだ具体的な数字を参照していません)。

国際移住には「南→北」のほかに「北→北」「南→南」「北→南」もありますが、ここでは「南→北(周辺から中心へ)」の動きに、とくに注目したいと思います。

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また「1990年から」というのは、「東西冷戦が西側(欧米の資本主義)の勝利」で終わって以降、ということを意味します。

冷戦以後の「グローバル化(地球規模の交流の活発化)」のさらなる進展とともに、欧米への移民は以前よりも多様になりました。

従来は西ヨーロッパ(西欧)であれば、移民はかつての植民地やほかの西欧諸国といった「歴史・文化的に関係が深い地域」からが占める傾向が強かったのです。

たとえばフランスの場合は「西欧以外では、旧植民地のアルジェリアやモロッコなどからの移民が多い」ということです。

しかし冷戦以後は、旧社会主義圏の東欧・ロシア、さまざまなアフリカや中東の諸国、さらに中国などからもかなりの移民がやって来るようになりました。

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そして近年は、中東・イスラムでの戦争や政情不安によって大量の難民が発生し、そのうちの多くの人びとが西欧をめざす事態も起きています。

とくに2011年に始まったシリア内戦(独裁的なアサド政権と反政府派の戦い)で発生した難民は、空前の規模でした。2021年末までに海外に脱出したシリア難民は680万人を超えます。

それらの難民のうち大部分の人びとは、まずトルコなどの近隣国に逃れてから西欧をめざしました。そして「難民危機」といわれた2015~2016年には、大量のシリア難民のほか、アフガニスタンやイラクからの難民が西欧をめざす動きがあったのです。

これらの難民はトルコからエーゲ海を渡ってギリシャ経由でハンガリーなどの東欧へ進み、そこから西欧をめざしました。

このときの中東・イスラム世界ではシリア内戦のほか、複数の危機が深刻化していました。イラクとシリアではテロ組織「イスラム国」が台頭し、アフガニスタンではイスラム原理主義勢力タリバンが政権奪回に向けて攻勢を強めていたのです。

そのような背景があって、2015年のうちに130万人余りの難民がトルコ経由でヨーロッパへ流れ込む事態となりました。

この「難民危機」については「当時、ドイツのメルケル首相が難民の積極的受け入れを宣言したために、多くの難民が西欧(とくにドイツ)をめざして動き出した」ということが強調されたりもします。

たしかにメルケル首相の発言はかなりの影響を及ぼしたでしょうが、ベースとしては以上のような、当時の中東・イスラム情勢があったわけです。

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そして、こうした難民の動きに対し、西欧の国ぐに(EU諸国)は、大量の受け入れには基本的に難色を示しました(ドイツは例外的だった)。

2015年以降はトルコ政府が(EUから多額の支援を得て)沿岸の警戒などを強化し、これまでにトルコが受け入れた300数十万人もの難民がヨーロッパに向かうのをどうにか食い止めています。

これについては「トルコはそんなにも多くの難民を受け入れているんだ」と、やや驚きませんか?

でもたしかにトルコのエルドアン政権は、明確な方針として、大量のシリアなどからの難民を受け入れているのです。(内藤正典『イスラームからヨーロッパをみる』岩波新書などによる)

しかし、そのようなトルコとEUの合意に基づく「防波堤」もいつまで維持できるかわからない ――それが2020年代初頭における現状です。

「人権問題」についてEU側がトルコ政府を非難することがあるのですが(多くの難民をトルコに背負わせているのに)、それに対しエルドアン大統領が「そんなことを言うなら、難民をヨーロッパに送り込むぞ」と脅したこともあります。

トルコにとっても何百万人もの難民を自国内に抱え込むことは、EUからの補助があるとはいえ、経済的にも精神的にも多大な負担です。どこまで現状のあり方を続けられるか……

そして、エーゲ海ルートのほかに従来からもあった「地中海などを密航して西欧をめざす」ケースは、2015年以降も後を絶ちません。シリアの内戦も(2022年末現在)続いている。

つまり「問題は未解決のまま、どうなるか予断を許さない状況」ということです。

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そして、2022年2月に始まったウクライナ戦争では、1600万人もの国外避難者(「難民」よりも幅広い人が含まれる)が同年12月までに発生しました。

ただし2022年12月現在、その多くは隣国ポーランドなどの東欧にとどまったり、ウクライナに戻ったりしており、西欧に向かう人数は比較的限られる傾向があります(それでもドイツは、西欧では例外的に100万人余りの避難者を受け入れた)。

おおまかに700~800万人は一度海外に避難したあと、あえて危険な祖国に戻っているようです。

また、最も多くのウクライナ人が避難したポーランドには、2022年12月までに800万人余りのウクライナ人が押し寄せたのです。

ただしこの全てがポーランドにとどまったわけではなく、前述のとおり帰国した人、さらに他国へ出て行った人も多いわけです。

しかしそれでも800万という人数が、人口3800万人のポーランドに一度は入ってきているのです。ほんとうにとてつもないことです。それが今年(2022年)起こった。

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なお、近年における大規模な難民の発生は、サハラ以南のアフリカ諸国(代表例として200~300万人の難民が発生している南スーダン)など、中東や東欧以外でもみられます。

たとえば東南アジアのミャンマーや南米のベネズエラでも、国内の政治情勢の影響で近年は多くの難民(数十万人規模で、ミャンマーは100万人規模)が発生しています。

しかし西欧の周辺地域(中東・東欧)では、さらに大規模に難民・避難民が発生しているので、ここではそれについておもに述べました。そして、今後も新たな「難民危機」が世界のどこかで発生することは、おおいにあり得るでしょう。

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また、そもそも国際移民・難民の増加や多様化には、政治情勢だけでなく、グローバル化を支える通信・輸送の発達が大きく影響しています。

つまり、つぎのことが人びとの国際的な移動、とくに「南」から「北」への移動を促しているのです。

①携帯電話やインターネットが発展途上国でもかなり普及して海外の事情を知る機会が増えた
②国際的な移動手段が発達してコストも下がった

このような傾向は、少なくとも今後しばらくは「さらに強化される」と考えるのが自然でしょう。

つまり「移民・難民という現代の“民族大移動”は、これからの世界でますます大きな要素になる」ということです。

そして、移民・難民の影響から比較的距離を置いてきた日本も、このテーマにこれからは明らかに直面せざるを得なくなるのではないかと思います。

日本の移民・難民の状況については(それこそが私たちには大事なのかもしれませんが)、ここでは触れません。今回は世界の状況を、きわめておおまかに述べた次第です。

参考文献
以下のうち『現代ヨーロッパと移民問題の原点』はやや専門的。

最も参照した便利な統計集。このほか国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のウェブサイトなど参照。

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