そういちコラム

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「権力集中」の中国と、団体・階層ごとに権力が分散する日本

中国社会の特徴として、「トップへの権力集中」ということがあると思います。

つまり「絶対的な権力者がいて、その権力者によってバラバラな個人が束ねられる」という専制的(独裁的)構造がある。

中国は、今も昔も専制的な「皇帝」が支配する社会です。毛沢東にしても習近平にしても、世襲ではないものの、権力のあり方は王朝時代の皇帝とよく似ています。

中国社会のこうしたあり方――専制的・独裁的な構造について、現代中国の外交政策などの研究者・益尾知佐子さんは、こう述べています(『中国の行動原理』中公新書、2019年)。

“中国人の組織ではボスと部下たちは基本的に一対一の権威関係で結ばれている。部下たちの関係はほぼフラットで、互いに独立し、協力することもあまりない”(同書72ページ)

益尾さんによれば、中国の飲食店では社長(ボス)が割り振った各自の持ち場を超えて従業員どうしが協力しあうことは少ない。

たとえば、厨房のスタッフがフロアに出て皿を片づけたり、テーブルを拭いたりすることはめったにない(日系などの外資ではちがっていたり、ごく最近は多少の変化があったりするかもしれませんが)。

そしてそれは「従業員どうしの関係が悪いのではなく、相手のテリトリーを犯すことは、ボスに認められたその人の立場を否定するマナー違反になるからだ」ということを益尾さんは述べています。(73ページ)

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こうした中国の組織のあり方は、たしかに日本とはちがいます。日本の飲食店なら、厨房とホールが互いの仕事を手伝うのは、普通のことです。つまり、問題が発生すると「誰もが組織のためにできるだけのことをする」というのが日本の組織。

そして益尾さんは“こういう〔日本的な〕組織では、権威は多くの人物に分散”し、“組織内で誰が実権を持つのか特定しにくい”と述べています。(70ページ)

つまり、中国の組織が基本的にボスと構成員との“一対一の関係性の束で成り立っている”のに対し、日本の組織は“縦に連なる重層的な関係性”で成り立っていると。(75ページ)

たしかにそうだと、私そういちも思います。

大企業でいえば、日本ではCEOだけに権力がとことん集中するのではなく、各部門のさまざまなレベル(役員から中間管理職まで)に権威や責任が分散し、それが幾層にも積み重なって企業全体が構成されているということです。

そして、このような組織のあり方は、中国でも日本でも国家全体の構造にまで及んでいる、というわけです。

うんと単純化していえばこうです。

・中国は、バラバラの個人である14憶人が、トップの権力者によって束ねられている(権力集中の専制構造)

・日本は、大小さまざまな団体や、いろんなレベルの階層ごとに権力が分散(権力分散の団体構造)

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こうした中国と日本の社会構造のとらえ方は、歴史研究の世界でも近年はかなり一般的なものです。

たとえば、中国史の研究者・足立啓二さんは、中国の専制国家体制を論じた著書で「中国は長い歴史のなかで、中間的な団体の存在が弱い、権力集中型の社会を形成してきた」ということを述べています。

一方日本社会は、さまざまな団体が力を持ち、それが積み重なってできている「団体構造」だと。

“団体性を持たない社会と、意思決定の集中化した巨大な政治的統合。この両者の組み合わせは、実に専制国家の指標である”

“封建制(そういち注:武家が支配する体制)の成熟以来、日本社会は集団重積型の構造を特徴としてきた。日本社会は閉じられた集団を単位とし、……集団の集合として上位の集団が形づくられている”

(足立『専制国家史論』柏書房、1998年、3㌻、70㌻。ちくま学芸文庫版・2018年)

このように、足立さんのような歴史学者の見解と、益尾さんのような現代中国ウォッチャーの見方は、大筋で一致しているということです。

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この30~40年の中国は、「権力集中」のメリットを生かして発展してきたように思います。

つまり「改革・開放」ということで、日本や欧米の技術・経済を模倣して急速にキャッチアップしてきた。

一定の「正解」「お手本」があり、それを模倣していく過程では、「権力集中」の社会は成果をあげやすいです。

キャッチアップの過程では、権力者が「これが答えだ」と方向を示し、そこへ向かって人びとがまい進するという運動は効率がいい。

それは権力者の示す「答え」が、おおむね正しいからです。先進国の先例を踏まえているので、そうなります。

しかし、キャッチアップが相当にすすんで、世界の最先端に近づくにつれ、「何が答えか」ということはわかりにくくなっていきます。権力者が「これが答えだ」と示すことが本当に正しいとはかぎらない――その度合いが高くなっていく。

本来、最先端の未知の世界を切りひらくには、いろんな人が多様な方向性で摸索・探究をして、そのなかから実験的に「真理」「解」をつかみとっていく活動が必要です。

そういう「未知をきりひらく」活動は、民主主義的で自由な社会ならではのもの。絶対的な権力者が「何が正解か」を決める社会では、そういう活動はおさえられてしまう。

今や技術も経済も相当に発達した中国社会ですが、そろそろ「最先端の未知をきりひらく」壁につきあたり、停滞が起きる可能性はあると思います。

ただし、まだまだ「キャッチアップ」「模倣」によって発展する余地が残っているかもしれません。

あるいは、先端的な研究をするエリートのあいだでは、かなりの「民主主義」「自由」を認め、創造性を発揮できる体制をつくって「壁」を乗りこえるかのかもしれません。

しかし、いずれにせよ「権力集中」の社会であることの問題・限界は、これから中国でいろんなかたちであらわれるように、私は思います。中国はそれをどこまで克服できるのか――そんな関心を私は持っています。

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では、「団体構造」である私たち日本は、どうなのか?

高度成長期(1950年代~70年代)の日本もまた、欧米の技術や経済に学んで出した「答え」の方向で発展してきました。

ただしその「答え」は特定の権力者の指示というより、いろんなレベルの団体・組織のなかで共有され、その方向に向かってみんなでまい進してきたのです。そして1980年ころまでには、「キャッチアップ」をほぼ完了したのでした。

しかし、その後はキャッチアップのときの勢いは失われていきました。

「最先端の未知をきりひらく」ことが、できないわけではないにせよ、先進国になってからの40年ほどのあいだ、思ったほどはできなかったようです。それが経済成長(低成長の長期化)にあらわれている。

この数十年の日本では「国家を支配する専制権力が、人びとの創造性を縛る」ということはなかったでしょう。

でも、それぞれの組織や団体のなかの慣習やしがらみ(とくに成長期の成功体験に基づく)が、人びとを縛っている。

さらに、いろんなレベルの団体・組織どうしの「調整」にばかりにエネルギーを費やして、どの方向にも踏み出せない傾向がますます強くなっている。

つまり、日本の「団体構造」は、中国の「権力集中」よりも先にマイナス面が強くなって久しいのではないか。

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以上、このところ「日中国交正常化50周年」ということで、中国についていろんなメディアで取り上げていたので、「日本と中国が今どのような地点にいるのか」について、自分なりに考えてみました。

メディアでは「日本は中国とこれからどう向き合うべきか」といった問いかけがなされ、識者がいろいろ答えていました。

たしかにそれは大事な問いだとは思います。

しかし一方で「日本自身がこれからどうするか、どうやって力をつけるのか」ということが、じつは中国との関係において非常に重要なのかもしれません。これは、日本に長年暮らす中国人の研究者・柯隆(か・りゅう)さんがある番組で述べていたことで、私ははっとさせられました。

たしかに、日本が「中国とどう向き合うか」を深刻に考えるようになったのは、日本が停滞し、中国が相対的に強く・大きくなったからでしょう。

だから、今後の日本が経済・社会の「力」を高めていくことこそが、中国とのいろんな問題を日本にとって好転させていく原動力になるのではないか――しかし、それはなかなかたいへんなことだとも思います。

 

柯隆さんの中国論の著書

「ネオ・チャイナリスク」研究

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  • 作者:柯隆
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