そういちコラム

数百文字~3000文字で森羅万象を語る。挿絵も描いてます。世界史ブログ「そういち総研」もお願いします。

日本の少子化と、リスク回避志向=「損をしたくない」気持ち

先週、テレビのニュースや新聞では、6月3日に厚労省が発表した最新の出生率について報じていました(出生率=合計特殊出生率、1人の女性が生涯に産む子供の数)。

日経新聞(6月4日土曜日朝刊)の1面の記事にも、このことは出ていました。2021年の日本の出生率(合計特殊出生率)は1.30。これは、アメリカの1.66、フランスの1.83などと比べてかなり低い。子育て支援などの少子化対策で日本は遅れをとっていると。

さらにこの記事では、日本の少子化対策は「ミスマッチも目立つ」と述べています。

つまり、90年代の「エンゼルプラン」のような仕事と子育ての両立を促進する政策は、“子どもを産んだ後の支援だった。前段階となる婚姻を促す若年層への経済支援は限定的だった”というのです。そもそも結婚・出産を促す政策が不十分だった、ということです。

そして「若い世代の雇用対策と経済支援が必要」「正規雇用でも賃金が不十分な人が多い。若い人のキャリア形成支援が結婚、出産に結びつく」という識者の見解を引用していました。

***

このような「そもそも若い人が結婚・出産を控える傾向がある」という視点については、私は以前に読んだ、山田昌弘『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか? 結婚・出産が回避される本当の原因』(光文社新書、2020年)で知っていました。

著者の山田さん(社会学者)は、日本において「何が結婚・出産を回避させるのか」について、つぎの“日本社会、日本の家族に特徴的な、人々が持つ意識や慣習”があると述べています。(同書65~66㌻)

・リスク回避志向
・世間体重視
・子どもへの強い愛着(子どもにつらい思いをさせたくないという強い感情)

これはかみくだいて言えば、つぎのような考え・不安です。

結婚相手(とくに男性)に、安定した十分な収入があるか? そうでない相手との結婚は、リスクが大きすぎる。

その結婚の「世間体」はどうなのか? 結婚相手として、周囲から変に思われたり見下されたりしないだけの、学歴や職業などのステイタスを備えているか。

そして子どもができたとき、自分が親にしてもらったこと(たとえば良い教育や子ども部屋をあたえること等々)を子どもにできるだろうか?

こういうことを気にするのは、もちろん当然ではあると思います。

ただ、(現代の)日本人は以上の心配をする傾向が、欧米と比べても強いのではないか。だから結婚や出産に慎重になるのではないか、ということです。

***

以上のような結婚に対する心配は、一言でいえば「リスク回避志向」ということでしょう。

では、「リスク回避志向」はどこから来るのか。そこに日本経済の現状が関わっているのは明らかだと思います。

経済の成長や所得の増加が見込めない、安定した良い仕事の席が限られてきた――そういう現状を多くの人たちが認識している。

だとすれば、人びとが「リスク回避志向」を強めるのは当然といえます。とくに既得権や資産の蓄積のない若者はそうです(こうした経済の問題は山田さんも指摘しています)。

「リスク回避志向」をもっと平たくいえば、「損をしたくない」という気持ちです。

経済が右肩上がりなら、何かで損をしたとしても、不利な何かを背負ったとしても、いつか取り返せると思えます。しかし停滞あるいは衰退する経済のもとでは、そうはいかない。

ここで何かの失敗をして損をしたら、二度と浮かび上がれないかもしれない――そんな気持ちが社会全体につよく影響を与えるようになっているのではないか。

感覚的なものですが、ネットをみても「損をしたくない」「損をしないように」という発言やアドバイスが目につくようにも思うのです。そして「その気持ち、わかる」と感じることも、たしかにある。

***

だから、日本における少子化問題の解決は、簡単ではないはずです。「若者への支援策」というレベルでは、たいした効果は見込めない。そういう政策は行うべきですし、もちろん一定の効果はあるでしょうが、おおいに限界があるはず。

本来は「経済・社会の根本的な活性化」が必要ではないか。でもそんな変革は、たいへんなことです。

そういえば何日か前、岸田総理が「資産所得倍増」といったことを方針として述べていました。要するに「もっと投資・運用をしよう」という話です。

私自身はこれまで長いあいだ預貯金以外の投資・運用をしてきたので、「もっと投資・運用を」ということ自体に違和感はありません。

しかし、国民のあいだで「リスクを回避したい」「損をしたくない」という気持ちが強くなっている状況で、総理の呼びかけがどれだけ響くのか? 

社会が「投資をしないと損をする」という雰囲気になるまでには、まだ相当隔たりがあると思います。

関連記事

私そういちの世界史・社会関連専門ブログの、より詳しい記事