そういちコラム

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ライト兄弟・大事なのは夢と野心と科学

1903年12月に原動機つきの飛行機による飛行を、史上初めて成功させたライト兄弟(アメリカ、兄ウィルバー1867~1912、弟オーヴィル1871~1948)。

このときの飛行時間は59秒間でしたが、のちの1908年9月には飛行時間は1時間半にまで伸びています。4月16日は兄ウィルバーの生まれた日です。

彼らはオハイオ州の田舎町で自転車の製造販売業を営みながら飛行機づくりを行い、「空を飛ぶ」という夢を追いかけました。自転車のビジネスは2人で1894年に始めたものです。当時は自転車が一大ブームになっていました。

彼らは夢や野心にあふれていましたが、一方で科学を徹底的に重視しました。つまり、先人の研究を参照したうえで、実験による検証を丹念に行っています。

彼らの学歴は2人とも高校中退です。しかし、独学で最先端の科学研究をすすめたのです。そうした研究と職人的なモノづくりの経験が合体して、飛行機は生まれました。

たとえば、1899年に飛行機開発をめざして本格的に動き始める際、彼らはまずスミソニアン協会という国立の学術機関に手紙で問い合わせています。そして、飛行機に関連する研究についてさまざまな文献情報を集めました。それをもとに航空力学の公式や翼の形状などについて学び始めたのです。

その後、彼らはグライダーなどを試作して飛行実験を始めました。飛行実験の場所は、ノースカロライナ州キティホークという土地が風の条件などから選ばれたのですが、これは気象台から全米の気象データを取り寄せて検討したうえで決めています。

そして、飛行実験の過程で従来の航空学の文献のデータが信用できないとわかると、自分たちで風洞実験をくり返して翼のかたちを割り出しています。飛行用のプロペラの原理についても、重要な発見をしました。

ライト兄弟が飛行機の開発に取り組んだ1900年頃には、先端的な技術研究は、専門化がかなりすすんでいました。飛行機の発明という大きな革新は「アマチュアの自転車屋」の手に負えるものではないと考えるのが普通でした。

権威のある人たちの目線では、彼らは「山師(一発を狙うあやしい奴)」にみえたでしょう。

しかし、彼らはやってのけたのです。それは彼らが、学歴などの権威とは無縁でも、きわめて本格的にテーマに取り組んだからです。

大きな夢はやみくもに追いかけるだけではダメで、「科学的」といえるような、対象についての本格的な探究が必要なのです。そして、そのような科学的探究こそが、学歴や権威があろうがなかろうが決定的に大事です。

大事なのは「夢と野心と科学」ということですね。ライト兄弟は、それを示す古典的事例です。
(参考文献:橋本毅彦『近代発明家列伝』岩波新書など)

 ウィルバーとオーヴィル

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