そういちコラム

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安く本が買える時代が終わる?

日経新聞(2022年4月2日朝刊)で知ったのですが、文庫本の新刊の平均価格は2021年に税抜きで732円となり、2001年の587円から約25%上がったのだそうです。税込みだと805円。

記事にもあるように、たしかに1000円を超える文庫本も最近は目につきます。

記事によれば、初版部数の減少や用紙の高騰が影響して、本全般の価格が上がっているとのこと。そこで、本の値段は一般の物価よりも上がっているのです。この傾向は続くという専門家の見通しも述べられていました。

しかし、少なくとも1990年頃までは、本の値段は物価的にみて下がり続けていました。

週刊朝日編『戦後値段史年表』(朝日文庫、1995)という本をみてみます。1950年に岩波文庫で最も安いものは、30円でした。これは今の物価に換算すると、1000円くらいです。

それはこういう計算です。1951年の大卒公務員の初任給が、5500円。一方1995年では、岩波文庫の最低価格は210円。大卒公務員の初任給は、18万円です(1994年)。

1950年と1995年では、給料は33倍に上がっていますが、岩波文庫は7倍の値上げにとどまっています。もし、給料と同じように上がっていたら、30円の33倍で、約1000円です。

ただし「30円」というのは、あくまで安いものの値段です。平均的な岩波文庫の値段は、その2~3倍になります。1950年頃の平均的な文庫本は、今の物価に換算すると1冊2000~3000円だったのです。これでは、気安く買えませんね。

このことは、文庫にかぎらず本全般の値段にあてはまります。私の手もとに、同じ岩波書店から1951年に出た、当時700円のハードカバーの哲学書があります。1950年頃の感覚で「700円」というのは、700円の33倍で、1995年の2万円以上に相当したわけです。

「2万円」の本を買うのは、限られた人たちです。でも、そういう本を買わなければ、深い学問はできなかった。

なお、1995年頃から現在まで、物価全般の上昇は限られているので、1995年の貨幣価値は「現在とほぼ同じ」と考えて大丈夫です。ただし本の価格は、最近はかなり上がっているということ。

今のお年寄りが子どものころは、知識とか学問というものは、一部の恵まれた人たちのものでした。でも今は、ふつうのサラリーマンだって、その気になればかなりの本を買えます。勉強したい人にとって、やはりいい時代です。

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以上のように、読書好きの若いサラリーマンだった30年ほど前から、私はずっと思ってきました。

しかし、そのような「いい時代」に影がさしているようです。このまま本の価格上昇が続くと、平均的な文庫本が「1冊2000円」になる。それは1950年代に逆戻りするということです。

そうなれば、文化に大きなマイナスが生じるでしょう。インターネットの時代でも、紙の本は「文化や知識の質の高い部分」をおおいに担っていると、私は思います。現代でも、たいていの分野は本格的に勉強しようとすれば、紙の本を避けて通ることはできない。

ということは「紙の本を買って蔵書として蓄積すること」が、多くの人にできる社会のほうが、社会全体の文化力は高くなるはずです。しかし本が高くなれば、そうはいかない。

そこで願うのは、電子書籍がもっと安くなり、機能性もさらに向上することです。おもな出版社による今の電子書籍は、既存の紙の本とのバランスを考慮しすぎて、あるべき姿よりもずっと高くなっています。

電子書籍の「定額読み放題」のサービスもありますが、「読みたい本」がそこには含まれていないことも多い(それでも、一定の利用価値はあります。とくに、本代に多くをかけられないなら、図書館とともに使うといいと思います)。

私は紙の本に愛着があります。しかし「高度の知識や文化を学ぶ手段」に多くの人がアクセスできる状態を維持するには、電子書籍が価格や機能でほんとうに「使える」ようになるしかない。

紙の本はいずれ、機械式時計のような、趣味的なぜいたく品になるでしょう(そしてそういうものとして残り続ける)。私は書店をぶらぶらするのが大好きですが、書店の経営はますます大変になり、変化をせまられるはず。さびしいのですが、それは避けられないように思います。

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書道教室につくった子ども文庫

 

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