頭をよくする特効薬などありません。でも、悪くする確実な方法ならあります。それは、興味が持てないことをがまんして勉強することです。
これは、効きます。脳細胞を傷つけます。
最後は、他人に押しつけられた問題意識でしか、ものを考えなくなります。
「勉強」とは、ひとりの人間として「自分の頭で考え、判断する」ためのものです。だからこそ、まず自分のなかにある興味や問題意識を大切にしましょう。
生きていく以上、自分の関心だけで押し通すことはできません。しかし、自分の自由になる範囲で何かを学び考えるのなら、自分の興味を大切にすればいいはずです。興味の持てること、楽しいことをまずやりましょう。
「興味のあることを勉強しよう」――こんなあたり前のことを言うのは、大人になって、生きていくのに最低限必要なことは学び終えたあと、自ら進んで勉強をするときでさえ、他人や世間の興味にしばられたまま勉強している人がいるからです。大変もったいないです。
社会人になってからも、余暇を利用して何かのスクールに通う人がいます。たしかに良いことだと思います。
でも、そういう人の中には、授業が休講になったり夏休みになったりするとホッとする、という人がいます(そういう人に、私は何度も会ったことがあります)。「やれやれ、今日は学校に行かなくてすむ」というわけです。それでも授業料を自分で払っているのです。
たしかに働きながらスクールに通うのは大変なので、休みたくなることはあるとは思います。でも、「大変だ」という感じが強ければ強いほど、それが「他人の興味に縛られている」ということではないでしょうか。
つまり、好きなことがあって勉強しているという面はあるにせよ、それ以上に「勉強している自分」を人に認めてもらいたいという面が強いのではないでしょうか。
「認めてもらいたい」という気持ちをすべて否定するわけではありません。それも、学ぶエネルギーの源になります。しかし、そればかりだとしたら、さびしいことです。
あまり興味がなくても勉強しなくてはならないことは、やはりあるでしょう。でも、そういう「仕方なくやる勉強」と「自分が好きでやる勉強」を混同しないことが大事だと思います。勉強家の中には、それを混同してしまう人が多いのです。
そういう人は「好きな勉強をしよう」と思っても、自分の興味よりも「他人がほめてくれるか、尊敬してくれるかどうか」を基準にテーマを選んでしまいます。他人から「そんなことをして何になるの?」と訊かれて答えやすいことばかりを選んでしまう。
それなのに本人は、「好きなことをやっている」つもりになっているのです。それでは成果があがりにくいので、時間とエネルギーの無駄ではないでしょうか。
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