そういちコラム

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汚職とロボット官僚

権力者の汚職には、家族や親しい人のためのものが多いです。

たとえば何年か前には、当時の我が国の首相が友人の学校法人のため、あるいは隣国の大統領が姉妹同然の親友のため、不正を行ったのではという疑惑が持ち上がりました。そして、この大統領は退任後に逮捕されてしまった。

またつい最近、逮捕された大統領の後任者は退任直前に、検察の捜査権限を削ぐ法案を成立させました。たしかに「自分への汚職追求を逃れるためではないか」と疑いたくなります。

おそらく、権力者が汚職をしないためには、家族も友もいないほうがいいのでしょう。

数百年前のオスマン帝国(オスマン・トルコ)では、その理念を実行しました。外国から少年を一種の奴隷として連れてきてエリート教育を施し、軍人や官僚として重用したのです。

このような「奴隷の高官」を、オスマン帝国では「イェニチェリ」と呼びました。イェニチェリが結婚して家族を持つことは禁止です。故郷や家族の絆がなければ、私欲が少なく国家や公務に忠実であり続けるはずだ、というわけです。

たしかにそれだと、親しい者への便宜供与も生じにくいし、子どもに引き継げないなら、不正を犯して財産を貯めこむ動機は薄れてしまいます。そして、反乱を起こして自分の王朝を築こうとする野心も芽生えにくい。

こういう「奴隷の高官」の制度は、ほかの国や時代でもみられます。しかし「財産などの世襲は禁止だが、結婚や養子で家族をつくるのは可」であるなど、オスマン帝国ほど徹底したものではありません。イェニチェリは「奴隷の高官」の完成形です。

イェニチェリの制度は、当初はかなりうまく機能しました。しかし、後の時代に制度が緩んでいきます。そして、結局ふつうの官僚組織と変わらなくなっていきました。

家族の絆を徹底的に奪うのは人間性の基本に反しているので、永続はしないのでしょう。

***

イェニチェリみたいな非人道的なことをしなくても、未来には人工知能によるロボット官僚が実現する可能性があります。彼らロボット官僚は、おそらく汚職とは無縁です。

まあロボットでも、いくらかは汚職があるかもしれません。よく「ロボットは感情を持たない」といいますが、高度な人工知能であればそれなりの感情や欲求を持つはずだからです。それでも「子どもにこれを継がせたい」といった、人間的な絆に基づく欲求は持ちにくい。だからロボット官僚の時代になれば、汚職は劇的に減るはずです。

だがしかし、人間的な絆を一切持たない者に権力を委ねるのは、どうなのでしょうか?

そういう極端に孤独な権力は「理念や目的のために何をするかわからない」という怖さもあると思います。たとえば、「戦略的勝利のために、核ミサイルのボタンを押す」のも抵抗感が少ないはずです。

天涯孤独で家族も親友もいなかったヒトラーは、汚職をしなかったといいます。そういうヒトラーを清廉潔白で理想的な指導者とみる人たちも、当時は多くいたわけです。

まあ、ロボット官僚なんてやはり(少なくとも当分は)無理でしょう。私たちの社会はこれからも「人間的な絆を持つがゆえに、汚職を行う可能性がおおいにある権力者」が統治し続けるはずです。

そういう現実と、のらりくらり向きあいながらやっていくしかないと思います。

もちろん汚職はきちんと追求されるべきです。でもその一方で、都合のよい非人間的なロボットを求めたり、「清廉潔白」な独裁者を賛美したりしないように気をつけるべきだと思います。

 

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