12月24日のクリスマス・イブになると、私はこの日が誕生日の、ある大富豪のことを思い出します。
20世紀のアメリカにハワード・ヒューズ(1905~1976)という大富豪がいました。彼は早死にした父親が創業した機械メーカーを18歳で相続し、その後まもなく、会社の支配を争った親戚を追放して経営の全権を握ります。
それからは、映画や航空機の事業に進出して大成功。さらに不動産投資などで資産は膨らみ、晩年は今の価値で「資産何十兆円」の「世界一」といわれる富豪になりました。
若い頃の彼の活躍は、非常に華やかでした。たとえば、20代でハリウッドの映画産業に進出してからは、自ら監督した大作映画を何本もヒットさせています。
また、航空機の名パイロットであり、1938年には世界一周の最速記録を打ち立てています。プレイボーイとしても有名で、女優・モデル、令嬢などさまざまな女性との浮名を流しました。
そして何より、航空技術の分野では野心的で創造的な事業家でした。
たとえば1940年代に、ジャンボジェットよりも巨大な700人乗りのプロペラの巨大飛行艇を試作したことは、とくに有名です。ただし、この大飛行艇は1947年のテスト飛行で1マイル飛んだだけで失敗に終わっています。
それでも、当時最先端だったヘリコプター製造の事業を開拓し、さらにミサイル製造や宇宙開発の分野でも、彼の会社は重要な実績を残しているのです。
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そんな彼の前半生は、レオナルド・ディカプリオ主演の映画『アビエイター』(2004年公開)で描かれているので、イメージを持っている方もかなりいらっしゃると思います。
しかし、『アビエイター』で描かれなかった晩年のヒューズについては、ご存じの方は多くはないはずです。
『アビエイター』のラストで、ディカプリオ演じるヒューズは、鏡に向かって「世界一の富豪になる」と自分に言い聞かせていました。
そして実際に(映画では描かれていませんが)、後のヒューズはいくつもの事業や不動産投資などを大成功させて、「世界一」といわれる富豪になったわけです。
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しかし、彼は家族も友人もなく孤独でした。50代半ば以降は心を病み、隠れ家に引きこもって、めったに表に出なくなりました。
71歳で亡くなるまでの十数年間で、彼が最も長く暮らしたのは、自らが所有するラスベガスのホテルの最上階にあるペントハウスです。
そして、彼はそこで薬物づけになっていました。半裸状態で、何年ものあいだ散髪をしないので髪やヒゲはボーボー。
また、病気に感染することを極度に恐れてアルコールで体を頻繁に拭くので、肌(とくに手先や腕)は荒れ放題になっていました。とても人前に出られる状態ではありません(以前は格好良かったのに)。
彼のそばに近づくことができるのは、ほんの数名の使用人だけでした。
それでも彼は、自らの「事業の帝国」を支配していました。彼はヒューズ財閥の持ち株会社の唯一の株主であり、企業の絶対的なオーナーとして、電話やメモでごく少数の側近に指示を行い、資産や事業を管理していました。
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たしかに、大富豪や権力者が、人目を避けてひき込もるのは、ヒューズのほかにも例のあることです。
しかしヒューズが特異なのは、私たちがイメージする大富豪らしい贅沢や快適、そして威厳とは無縁なことでした。
そもそも、大富豪が引きこもるのであれば、郊外や田舎の広大な敷地の邸宅に住むのが相場です。立派なペントハウスとはいえ、街中のホテル住まいというのは、本来は奇妙なことなのです。
そして、ガードマンに厳重に守られたペントハウスの暮らしは、どうみても人がうらやむようなものではありませんでした。
たとえば彼の寝室は、数メートル四方に過ぎません。そして寝室には誰も入れず、掃除もしなかったので、彼がこの部屋を晩年に引き払ったあとにスタッフが入ると、まさに「汚部屋」となっていたのでした。
彼の食事も、かなりひどいものでした。ある時期には、お気に入りの缶詰のスープばかり何か月も毎日食べている、などということもありました。これは極端な場合ですが、ヒューズは食べ物には無頓着でした。
彼の引きこもり生活における楽しみは、まずテレビでした。そのほかには、映写機で映画をみること。気に入った映画は何十回も(ときには食事もそっちのけで)くりかえしみたといいます。
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しかし「大富豪としてはお金を使わない暮らしをした」のかというと、そうともいえません。「非常にアンバランスなお金の使い方をした」といえるでしょう。
たとえば、彼のために何人もの医学博士などによる、お抱え医師団が常時待機していたのですが、その医師たちにほとんど診療らしい診療をさせていません。病気や薬物で体がボロボロになっていたにもかかわらずです。
また、映画好きの彼は、あるテレビ放送局に「一晩中映画を放送してほしい」と要望したところ断られたので、その放送局を買収して映画ばかりを放送させた……なんてこともありました。
これは「大富豪ならでは」ともいえますが、やはりいびつなお金の使い方だと、私は思います。
「いびつなお金の使い方」といえば、「アイスクリーム事件」とでも呼ぶべき、つぎのようなエピソードもありました。
ある時期、ヒューズはサーティワン・アイスクリームのあるアイスを気に入って、毎日食べていました。ヒューズの側近たちはサーティワンの会社からそのアイスを大量購入してストックしていたのですが、そのアイスが廃盤になってしまった。ストックを確認すると、残りあとわずか。
そこでヒューズの部下は、サーティワンの会社と秘密裏に交渉して、そのアイスを復刻製造してもらったのです。そしてヒューズ1人のために最低の製造単位である1300リットル余りを購入したのでした……
また、ヒューズは何十人もの女性を「愛人」「囲い者」にしていたのですが、引きこもり生活になってからそれらの女性とは一切会っていません。しかし彼女たちにはずっとお金を支払い続けました。
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結局、ヒューズが最も多くのお金を費やしたのは、「自分が完全に引きこもって、誰の目にも触れないようにすること」に対してでした。
絶対に秘密を守る側近や召使、ガードマン、それらのチームをチェックするシステム・組織――それこそが彼が莫大な資金や細心の注意を傾けて維持し続けた、最も重要な「所有物」でした。
また、自分に仕えた人間が仕事を辞めた後は(クビにした場合も含め)、「自分のことを口外しない」という守秘義務とひきかえに何十年ものあいだ給料を支払い続けています。
(以上、ジェームズ・フェラン『謎の大富豪 ハワード・ヒューズの最期』プレジデント社、1977年による)
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うーん、これが世界一の大富豪のいきついた暮らしなのです……
ヒューズは事業の才能にあふれた、金儲けの天才でした。しかし、究極の「不幸な金持ち」です。そのみごとな標本として、今後も語り足り継ぐのに値すると、私は思います。
そして彼をみると、月並みですが「家族や身近な人を、そして自分を大切にしよう」「たとえ不遇や孤独でも自分を失わずにいたい」「お金を有意義に大事に使おう」などと思いますが、どうでしょうか?
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