そういちコラム

数百文字~3000文字で森羅万象を語る。挿絵も描いてます。世界史ブログ「そういち総研」もお願いします。

アニメは大人の教養になってきた・津堅信之『日本アニメ史』

このあいだ旅先の書店でみかけて、新刊の津堅信之『日本アニメ史』(中公新書、2022年)を買い、新幹線の中などで読みました。日本のアニメの歴史を、大正時代における始まりからつい最近まで述べた本。

まず興味をひかれたのが「中公新書という老舗の新書でアニメ史の本が出た」ということ。

これはつまり、アニメ作品についての知識が、こういう新書のテーマになるような大人の教養になったということです。

アニメ史の本じたいは、映像やサブカルに強い出版社からはすでに出ています。そういうのではなく、幅広い読者を対象にした「教養の殿堂」みたいな媒体で、こういう本が出たことが新しいのです。

そして、「教養としてのアニメ」について全般的な基礎知識を得たいなら、本書はこれから定番になるのではないかと、一読して思いました。

読みやすい語り口で、各時代の社会や文化全般も視野に入れ、手際よく情報がまとめられています(ただし、権利の関係で画像の掲載は少ない)。そして、アニメに詳しくない読者にきちんと配慮しているところも、さすがだと思いました。

マニアの人には物足りないでしょうが、これはあくまで一般向けの本です。それに、マニアだって、この本に書かれたすべての時代や作品に通じているということは、めったにないはずです。

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「全般的な知識がまとまっている」といっても、この本は情報が羅列的に並んでいるのではない。著者のアニメ史についての見解は、きちんと述べられています。

それが端的に示されているのは、著者による「アニメ史の時代区分」に沿った章立てです。時代区分というのは、歴史を考えるうえで根幹になるものだと私は思っています。

この本の各章のタイトルには、以下のように、各時代を代表する画期的な作品やムーブメントが登場した年号が用いられています。

第1章 1917年 3人のパイオニア
(大正モダニズムの時代、日本初のアニメーション映画)

第2章 1945年 プロパガンダが技術向上をもたらす
(戦時下でプロパガンダ目的の高度な長編アニメ作品)

第3章 1956年 東洋のディズニーを目指す
(若き宮崎駿や高畑勲が育ったアニメスタジオ「東映動画」設立)

第4章 1963年 空を越えて
(初の「毎週30分放送」のテレビアニメ『鉄腕アトム』放送開始)

第5章 1974年 戦艦、目覚める
(『宇宙戦艦ヤマト』『アルプスの少女ハイジ』放送開始)

第6章 1979年 空前のアニメブーム
(『ガンダム』の最初のシリーズ放送開始) 

以下略

その後は「第8章 1995年 最大の転換点」(『新世紀エヴァンゲリオン』放送開始)などを経て「終章 2020年 リモートの時代」に至る、というのが本書の構成です。

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私は今50代後半ですが、子ども時代から大学生くらいまでは、熱心なアニメの視聴者でした。

小学生のときには『ヤマト』に夢中になったし、中高生のときには、まだ社会的には無名だった宮崎駿の初期の作品に触れ、その作家性を意識して熱心にみるようになりました。

だから本書の第1章から第3章までは、まさに本で読む「歴史」の勉強なのですが、第4章のテレビアニメの初期から第6章の「ガンダム」あたりまでは、まさにリアルタイムで、本書に出てくる作品の多くをみています。

しかし本書では、それだけではみえてこない、作品の背景やその後への影響などが、専門家の視点で整理され述べられています。つまりそれが「歴史」ということ。体験しただけでは「歴史」はわからない。

そして、私が「これはみた」といえる作品が多く登場するのは、第8章の『エヴァ』の直前くらいまで。

その頃(90年代前半)、私は大学を出て社会人になり、忙しさもあってアニメを「卒業」したのです。今の若い大人はそんな「卒業」はしないことが多いでしょうが、私の世代くらいまではよくあることでした。

『エヴァ』のテレビシリーズは、私はきちんと観ていません。『エヴァ』以降のアニメは「どんな作品か」をぼんやりと知っていることはありますが、基本的によくわかりません。ジブリ作品や『君の名は。』『この世界の片隅に』のようなアニメファンの枠を超えた大ヒット作をみるくらいです。

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しかし、本書のアニメ史の時代区分では「1995年 最大の転換点」とあるように、95年の『エヴァ』の登場はきわめて重要な節目で、そこからアニメ史の「現代」が始まるようです。

『エヴァ』のような、完全に大人向け(「大人も楽しめる」ではない)のアニメがシリーズとしてテレビ放送されたことは画期的で、その後のアニメに決定的な影響をあたえたのだと。

たしかに『エヴァ』あたりから「大人になってもアニメをみたり語ったりする」ことが、たしかな市民権を得たと思います。

この説によれば、私は現代アニメを知らないことになります。しかし「現代アニメの開始は1995年で、それが最も重要な転換点」という見解には、きっと異論もあるはずです。

たとえばマンガ研究者の南信長さんによる『1979年の奇跡 ガンダム、YMO、村上春樹』(文春新書、2019年)は、アニメ史専門の本ではないですが、タイトルの通り「1979年(「ガンダム」放送開始)」を重視しています。

しかしいずれにせよ「1995年」はアニメ史において重要な節目なのでしょう。

そして1995年は「阪神淡路大震災」や「オウムサリン事件」のあった年。80年代の「バブル」的な社会状況から明らかに変わったという意味で、日本社会における「現代」の始まりといえるかもしれません。

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そして気になるのは、「終章」で著者がこう述べていることです。

《実はこの『エヴァ』以降の四半世紀は、日本のアニメの方向性を根本的に変えるような事象は起きていない》

これは私もある程度感じていたことです。遠目でみていて「アニメって変わっていないな」と。たしかに表現が進歩していると思うし、すばらしい作品も生まれている。でも今は、70年代80年代みたいに次々と新しい何か出て劇的に変わっていく感じではない。

そしてそれはアニメに限ったことではなく、現代の文化全般に言えるかもしれません。

でも、『エヴァ』以降20年30年と日本のアニメに大きな革新が起きていないとしたら、このまま「マンネリ」に陥って衰退しないかと、心配になります。いずれ世界の人びとは日本のアニメに飽きてしまうかもしれない。

そういうことは、いろんな文化の歴史にあることです。

しかしそうはならずに、これからも日本のアニメが元気であり続けることを願っています。本書の著者・津堅さんも述べるように、アニメにはまだまだいろんな可能性があるはずだと、私も思います。