そういちコラム

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ヒトラー・元ホームレスのヨーロッパ制覇

1910年代のウィーン(オーストリアの首都)に、アドルフ・ヒトラー(1889~1945)という1人の貧しいフリーターの青年がいました。4月30日(1945年)は、戦争に敗れたヒトラーが自殺した日です。

少年時代のヒトラーは、画家を目指していました。美術学校の入試に失敗して挫折。13歳で父を失い、入試に失敗したあとには、母も亡くして1人きりとなりました。それからは、役人だった父の遺産と孤児恩給で食いつなぎながら、放浪に近い生活を送っています。

遺産が底をついてからは、建築の日雇い労働、絵はがき・ポスター描きなどでその日暮らし。ホームレスだったこともありました。

その後、ドイツ南部のミュンヘンに移住し、ドイツ軍に志願して第一次世界大戦(1914~18)に従軍。戦後の1919年には、ドイツ労働者党(のちのいわゆるナチ党)に入党。

「党」といっても、当時の党員は数十人ほど。勤めや自営業などの本業を抱えた、アマチュアの変わり者が集まって政治談議をしているだけ。きちんとした綱領(党の基本理念)も予算も何もない。

定職もなくヒマなヒトラーは、党の活動にのめりこんで働きました。演説会のチラシをつくって配ったり、募金を集めたり。新聞広告を出した演説会に、会場いっぱいの聴衆が集まったときは、うれしかった……

そして、演説の才能を開花させて党のリーダーとなり、政治活動家として頭角をあらわしていったのです。

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その後、1930年代。ヒトラーが率いるナチ党は、1932年の選挙で、国会の第一党になりました。そのときは単独過半数を得ることはできませんでしたが、さまざまな政治的なかけひきや争いの結果、1933年にヒトラーは首相となりました。

政権を得たヒトラーは、世界大恐慌(1929~)の影響で混乱していたドイツ社会の混乱をおさめることに成功し、国民の絶大な支持を集めるようになります。

一方、反対勢力をテロで排除し、当時の世界で「最も民主的」とされていたヴァイマル(ワイマール)憲法を停止するなどして、独裁的な権力を手にしました。

1934年には国家元首(大統領)と国防軍司令官の地位を兼任するようになり、「総統」と称するようになりました。1935年頃からは、急速な軍備拡大をすすめていきます。

そして、ヒトラー総統率いるナチス・ドイツは、全ヨーロッパの制圧をめざし、戦争をはじめました。1939年9月にはポーランドに侵攻。これに対しイギリスやフランスがドイツに宣戦布告した時点で、「第二次世界大戦が勃発した」とされます。

その後ヒトラーは西欧諸国にも軍をすすめ、1940年6月には、フランスを含むヨーロッパ主要部の大半を制圧してしまいました。そして、イギリスに対しては空爆を中心とする激しい攻撃を続けました。

このように、元ホームレスの青年が、二十数年後には世界を巻き込む大戦争の中心にいたのです! 

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こうした戦争の一方で、ナチス・ドイツはユダヤ人の迫害・大量虐殺や、占領した地域に対する過酷な収奪などを行っています。とくにポーランドや、のちの1941年に侵攻を開始したソ連では、国を破壊する意図のもと、民間人を含む多くの人びとを殺害しました。

このほかにも、ロマ族(ジプシー)の大量虐殺や、障害者などの社会的弱者の迫害・殺りく等々、さまざまな非道がナチスによって行われました。

これらの殺りくは、ヒトラーの世界観・政治的信念(ナチズムといわれる)に基づくものでした。これは戦争に勝つために必要なものだったとはいえません。戦術的にみれば余計なエネルギーの浪費です。

信じがたいことですが、ヒトラーの信念によれば、以上の非道はぜひとも行うべき「正義」なのです。ユダヤ人などの人びとを抹殺することは、ヒトラーが描く「理想」の世界を実現するうえで不可欠なことでした。

そのような恐ろしい「理想」を抱く人物が、巨大な軍事力を動かす独裁権力を手に入れてしまった。そしてその力を使って、「理想」実現のための非道を実行した。

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1940年のヨーロッパ制圧をピークとして、1941年6月に開始したソ連との戦争(独ソ戦)が泥沼化した頃から、ヒトラーの命運は衰えていきました。なお、独ソ戦の死者は(軍人・民間人合わせて)ソ連では2000〜3000万人、ドイツでは数百万人にのぼります。

独ソ戦開始から4年弱が経った1945年4月30日、連合軍(ソ連軍)によって陥落したベルリンの地下壕(参謀本部が設置されていた)で、ヒトラーは自殺しました。その死体はヒトラーの生前の指示にもとづき、側近によってガソリンで焼かれました。

この1週間後の5月7日にドイツは降伏し、ヨーロッパでの大戦は終わりました。

ヒトラーは、今の私たちの感覚では想像がつかないほどの、膨大な犠牲や破壊を生んだ末に破滅していったのです。

ヒトラーの生涯を追っていると、想像を絶する事実を前にして、「なぜこんなことが?」と問わずにはいられなくなります。もちろんこのようなブログの記事では、どれだけ要点を絞ったとしても、その全容はとても書ききれません。

とにかくヒトラーのことは、やはり私たちは読書などを通じて知っておくべきだと思うのです。

文献案内

とくにおすすめできる、ヒトラーについての古典的な入門書。やや古い箇所もありますが、本質的なところを初心者にもわかりやすく述べています。

近年の定評のある概説書です。現代の研究を踏まえ全体像を提示。

2021年に出た、最新の概説書。しっかりとした良書ですが初心者にはむずかしいところもあります。

ヒトラーの権力掌握のより詳しい経緯や社会的な背景を突っ込んで知りたい方におすすめ。ヒトラー前夜のドイツにおける、人びとの民主主義への不信や社会の分断は、現代と共通するところがある。

水木しげるのマンガですが、これも入門としておすすめ。ヒトラーを「人間離れした悪魔」で片づけるのではなく、「内向的なところのある凡庸な人間がいろんな過程を経て怪物になっていった」ものとして、見事に描いています。

私そういちの世界史専門ブログの関連記事。今回の記事はこの関連記事の冒頭の部分をもとにしています。

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