最近、つぎのような報道が出て、ネット上でも話題になっていました。たとえば日経新聞(2022年9月19日)では「止まらぬ円安、縮む日本」という見出しでこう報じています。
《ドル建てでみた日本が縮んでいる。1ドル=140円換算なら2022年の名目国内総生産(GDP)は30年ぶりに4兆ドル(約560兆円)を下回り、4位のドイツとほぼ並ぶ見込み》
1968年に、日本のGDPは、西ドイツ(東西統一前)を抜いて世界2位になりました。日本が高度経済成長期(1955頃~1975頃)の只中にあった時代のこと。
以来長いあいだ日本は世界2位でしたが、2011年に中国が2位になり、日本は3位となった。
そして今、4位のドイツに追いつかれてきた。
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まあ、中国の人口は日本の11倍もあります(2020年の日本の人口:1.26憶人、中国:13.4憶人)。だから、一定の経済発展(つまり1人あたりGDPの上昇)があれば、GDPで日本を抜いてしまうのも、まだわかる気がします。
でも、ドイツの人口(約8400万人)は日本の66%(7割弱)です。
「日本のGDPが、日本の7割の人口のドイツに追いつかれる」というのは、「日本の1人あたりGDPがドイツよりもかなり下回っている」からです。
さらに円安によって、ドルに換算した1人あたりGDPは、一層ドイツと差がついてしまった。今、ドイツの1人あたりGDPは、ドル換算で日本の1.5倍になっている。
「1人あたりGDP」は、とりあえずは「その国の経済の発展度・生産性を示す数値」と、おおまかには考えればいいでしょう。
これに対しGDPは「その国の経済規模」をあらわします。
近年の日本は経済発展が停滞している。そのため、成長の勢いがあり、巨大な人口を擁する中国ばかりか、日本よりも人口の小さなヨーロッパの先進国ドイツにもGDPで追いつかれる可能性が出てきたのです。
そこには、今年に入ってからの急激な「円安」ということは、たしかに大きく作用している。
しかしベースには「この30年くらい日本の1人あたりGDP(経済の生産性)がほとんど上昇せず、かつ人口も増えていない」ということがある――これは、いろんなところで言われていることですね……
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さて、ここからが本題。といっても「日本の衰退」についてではありません。
以上の話で、キーワードは「GDP」「1人あたりGDP」ですが、これらの言葉・概念について、あなたは中学生に説明できますか?
そういう説明ができるということが、「ほんとうにわかる」ということだと、私は思います。
そして、「GDP」「1人あたりGDP」についてしっかりした理解・イメージを持っていないと、上記の「日本のGDPがドイツに追いつかれる」みたいな話は、なかなか頭に入らないはずです。
あとは「円安」といった為替のこともありますが、こちらについてはここでは立ち入りません。
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そもそもGDPとは何か? 「その国で一定期間(典型的には1年間)に生産された付加価値の合計」といった説明がよく述べられます。
でも、これでは中学生には(まったくの初心者の大人にも)わかりませんね。
私はかつて(もう何年もやっていませんが)「まったくの初心者向け」の経済に関する勉強会で講師役をやっていたとき、つぎのような説明をしていました。
GDP(国内総生産、gross domestic productの略)とは、一言でいうと「国内全体の、みんなの1年間の買い物の総額」のことです。
つまり、私たちがスーパーで食料品を買ったり、デパートで服や靴を買ったり、ローンを組んで自動車やマンションを買ったり、美容院に行ったり、旅行で電車に乗ったりホテルに泊まったり……そんなふうにして、国じゅうで1年間に使った金額です。
この「買い物額」の合計(総買い物額)がGDPです。
つまり、「GDPとは総買い物額」である。
なお、「四半期(3ヶ月)」のGDPというのもありますが、最も一般的なのは「1年間」でみた数字です。
「何を買うか」は、モノを買う場合とサービスを買う場合があります。食料品や洋服や自動車やマンションを買うのは、モノを買うこと。
髪を切ってもらう、電車に乗る、ホテルに泊まる、というのはサービスを買っています。理容のサービス、輸送のサービス、宿泊場所の提供というサービスです。
「GDPは総買い物額である」というのは、うんと単純化した説明です。補足すべき点もあります。しかし、最初に入るときのイメージとしては、とりあえずこれでいいのです。
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以上が基本の基本ですが、ここからは「中学生にもわかるレベル」をやや超えた話をします。
そして、「みんなの買い物額」というときの「みんな」というのは、私たちのような「個人」のほかに、企業が設備を買ったり、国や自治体(合わせて政府)が公共の事業を行ったりする、「企業や政府による買い物」も含まれます。
GDP=個人の買い物+企業の買い物+政府の買い物
ということです。より詳しくはほかの構成要素もあるのですが、まずはこれでおさえればいいです。
そして現代の日本の場合、大雑把にはGDPの6割弱が個人の買い物(個人消費)、2割弱が企業の買い物、2割が政府の買い物となっています。
なお、GDPという数字は、政府の専門部署が、企業の売上をはじめとするさまざまな調査のデータをもとに、いろいろな計算をして出した数字です。
これには、たいへんな手間がかかります。だから、信頼できる数字を出すには、しっかりした政府や企業の組織が、社会に存在していることが必要です。
さて、ドル換算だと金額のイメージがわきにくいので、以下、円の金額で述べます。
2020年(年度)の日本のGDPは、536兆円です(「名目値」という数字)。
この数字(500兆円余り)は、日本の人口は日本の人口(1.3憶人、あるいは1.25憶人)とともに覚えておくといいでしょう。
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以上述べたように、GDPは「国全体の、みんなの買い物額」です。そして、これを国の人口で割った「1人あたりGDP」という数値があります。
買い物の額というのは、実際には人によってまちまちですが、平均値を求めたのが、1人あたりGDPです。ただし個人の買い物だけでなく、企業や政府の買い物も含めた合計額を、人口で割って求めます。
1人あたりGDPも、社会や経済を知るうえで重要な数字です。場合によってはGDP以上に重要ともいえます。
日本の1人あたりGDP(2020年度)は、426万円です。
536兆円÷1.26憶人=426万円/人
そして、この1人あたりGDPが高いほど、その国の「お金持ち度」は高いといえるでしょう。たくさんの額の買い物ができるのはお金持ちです。
そして「お金持ち度」とは、ややむずかしい言い方をすれば「経済の発展度」「経済の生産性」ということです。
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そして、ここからがとくに大事なところです。
536兆円÷1.26憶人=約426万円/人
この式は、「じつはこういうことだ」と考えてほしいのです。
426万円/人×1.26憶=536兆円
つまり「年間に400万円余りの買い物をする個人が1.3憶人集まって、500兆円余りの規模の経済ができている」ということを、この式はあらわしています。
ただし、この「1人平均400万円余りの買い物」というのは、個人だけでなく企業や政府の分も入っています。企業や政府は個人が働いたり税金を納めたりして支えているので、「個人の活動の延長線」にある「個人の一部」と考えましょう。
以上、要するに
1人あたりGDP×人口=GDP
ということです。
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この式で国の経済をイメージすることはすごく大事です。
なぜなら、その国の経済というのは結局、その国の日々の個人の活動の集合体なのですから。
つまり、「1人1人の暮らしが集まって経済はできている」ということ。
そして、個々人の活動(経済では買い物額であらわされる)が活発なほど、その国の経済は発達した高度なものであると、おおまかにはいえるでしょう。先進国といわれる国の国民ほど、多くの金額のモノやサービスを日々消費しながら生活しています。
以上のような、国の経済についての基本的なとらえ方を「1人あたりGDP×人口=GDP」という式はあらわしています。
この式の「経済入門」における重要性は、一見なんでもないことのようですが、私のささやかな発見だと思っています。
この式について、何人もの「経済についてまったくの初心者」の方々に話して、その人たちが少しでも経済を知るうえでおおいにプラスになったと実感しています(秋田総一郎著『人口とお金持ち度で見渡す世界の国ぐに フラッグス・る?』楽知ん研究所刊・2004年などで述べている)。
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さいごに、1人あたりGDP、人口、GDPの関係を図で表すと、こうなります。
タテ軸に人口、ヨコ軸に1人あたりGDPを取ると、国のGDPは、つぎの図のような長方形の面積であらわすことができます。
以上述べた「GDP」「1人あたりGDP」の概念、そしてこの長方形の図のイメージは、「経済についてはまったくの初心者」という方であれば、ぜひマスターされるといいと思います。
そうすると、たとえばこの記事の最初に述べた「日本のGDPがドイツに追いつかれる」といった話が、明確に理解できるはずです。
また、ここに書いたようなことは「とっくにわかっている」という方は、初心者の方にGDPについて説明する機会があったら、説明の仕方の参考にしていただければ、と思います。
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