世界最古の文字は、今から5300年ほど前にメソポタミア(今のイラク、シリア)のウルクという都市で生まれました。葦の茎を斜めに切ったペンで粘土板に刻んだ文字です。
5000数百年前というのは、文明の始まりの時代です。また、漢字の原型である甲骨文字の誕生はおよそ3400年前(かそれ以後)なので、この世界最古の文字はそれより2000年近くも前なのです。
ウルクで生まれた文字は、メソポタミアのほかの都市にも広がり、4500年前頃までには「楔形(くさびがた)文字」といわれるものに発達していきました。
なお、5000年前頃のウルクは人口数万人に達していました。すでにそんな大規模な文明社会ができていたのです。
文字が生まれてからの最初の数百年間のウルクの遺跡から出土した粘土板を、考古学者は「ウルク古拙(こせつ)文書」と呼んでいます。ウルク古拙文書は断片を含めこれまで約5000枚が発見され、そこには1000種類ほどの文字がみつかっています。

最も初期の時代の粘土板文書
では問題です。この「ウルク古拙文書」には、おもにどんなことが書かれていたと思いますか?
(予想)
ア 物品管理などの実用的な事柄
イ 神殿の儀式などの宗教的な事柄
ウ その他
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ウルク古拙文書の粘土板を解読したところ、その8割は穀物や家畜などの管理のためのモノや数量の記録でした。
あとの2割は「語彙リスト」といわれるさまざまな単語が記されたもの。
これは、まだ読み書きが「書記」といわれる専門家の特殊技能だった当時、書記をめざす者が学習のために書き残した単語帳のようなものです。そんなものまであったのですね。答えはア。
ウルクの文字は、食糧その他の物品管理の手段として生まれました。
メソポタミアでは文字誕生の数千年前から、倉庫などにあるモノの数や出入りを把握するのに、粘土でつくった、それらのモノの小さな模型(トークンという)を使っていました。モノの出入りに応じて、トークンを適宜動かしたりするわけです。
さらに、複数のトークンを中に入れてまとめる「ブッラ」という粘土の容器も使っていました。その後ブッラの表面に「どんなトークンが入っているか」を示す記号を刻むようになり、この記号が文字に発展したのです。
以上は、この30~40年の研究で定説になりました。ポイントは、①絵のような表現がそのまま文字に変化したのではないこと、②きわめて実務的な目的から文字が生まれたということです。
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文明の成り立ちを論じた説には、都市や文明の誕生における宗教の役割を重視して「まず神殿があり、そこから都市や国家が発達した」と主張するものもあります。文明の始まりの時代には、耕地は神殿の所有で、神に仕える神官たちが経済を仕切っていたというのです。
しかし、この「神殿経済論」への批判も多くあります。私もそれに賛成で、「まず神殿ありき」というのは疑わしいと思います。
神殿が初期の文明でそこまで重要であるなら、最古の文字記録に宗教的なことがもっとあってもよさそうです。でも、書いてあるのは世俗的な物品管理のことばかり。
当時の社会で宗教は重要だったかもしれませんが、過大評価してはいけないのではないか。
5000年前のメソポタミアの都市がどうだったかなんて、どうでもいいかもしれません。でもやはり「文明とは何か」を考えるうえで大事な材料だと思います。だから好奇心もそそられるのでしょう。
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