そういちコラム

数百文字~3000文字で森羅万象を語る。挿絵も描いてます。世界史ブログ「そういち総研」もお願いします。

「タフで強い三蔵法師」のドラマがみたい

先日、だらだらしているときに、本棚から前嶋信次『玄奘三蔵ー史實西遊記ー』(岩波新書、1952)を、ふと取り出して読み返しました。東洋史の大家による、歴史上の人物としての玄奘三蔵(三蔵法師)伝。

今から70年前の新書で、10年以上前に古書店の安売りのワゴンに100円で出ていたのを買ったもの。

今の歴史研究からみてこの本がどう評価されるのかはわかりませんが、かなり面白いです。こういう、気ままでいかにもヒマ人な読書は最高。

そもそも、玄奘(げんじょう、602~664)は実在の、唐の時代の中国の僧侶です。その歴史上の人物が、小説『西遊記』(16世紀にオリジナルが完成)の三蔵法師のモデルとなった。「三蔵法師って本当にいたんだ」という人と話したことがあるので、念のため。

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玄奘は若い頃、「仏教発祥の地・インドへ行ってオリジナルの経典を究めたい」と志していました。しかし、国の許可がおりません。政情不安のため、国境の出入りが制限されていたのです。

そこで彼は、密出国を行いました。629年のこと(玄奘は20代後半)。

最初は同行者がいましたが、すぐに1人に。人目を避けて夜道を行く。砂漠を何日もさまよい、死にかけたことも。

オアシスの町にたどりつけば、見知らぬ土地で、自分の計画や志を訴え、旅を支援してくれる人をさがす。それで、見知らぬ有力者から支援を得たりもした。

そうやって、中央アジアからインドへのルートを、ときには賊に囲まれたり、猛獣の住む密林を通ったりもしながら、1年あまりかけて目的地に到着。

その後インドで十数年学んだのち、多くの経典を持って帰国したのでした。唐王朝も、彼を結局迎え入れた。そして、没するまでの十数年間で、膨大な経典の漢訳を行ったのです。

心も体もタフな人です。「人の支援を得る」ことに長けているという点でも、たくましい。知識人としても、膨大な仕事をこなすエネルギーがある。マンガやドラマで描かれる「やさ男」とはちがいます。

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玄奘は、物語と史実のギャップがとくに大きい人物です。『西遊記』では、実際の三蔵法師=玄奘が持つ強さは、孫悟空に託されているのかもしれません。

でも、私は『西遊記』の子ども向けバージョンしか読んだことがありません。オリジナル(あるいはそれに近い)版だと、三蔵法師は結構強い人なのかもしれない。最強のマジックモンキーを制御できる力の持ち主なのですから。

それとも(原典の時代の中国の)文芸的な「お約束」があって、この手のキャラが類型的に無能なやさ男とされているのかも。とにかくオリジナルを読んでないし、中国文学の知識もないのでわかりません(今度読んでみよう)。

以上のような史実を知ると「タフで強い三蔵法師」を、いつかドラマで観たいとは思いませんか? 三蔵法師がヒーローの『西遊記』です。孫悟空が出てこなくてもいいかもしれない。

特撮を駆使した、ネット配信のドラマあたりがいいと思います。それとも、そういうドラマ(あるいはマンガ)は、もうあるのでしょうか?

 

追記:未読ですが、諸星大二郎が「西遊記」を描いたマンガ『西遊妖猿伝』の玄奘は、相当なタフさや強い意志、そしてしたたかさを持つ青年として描かれているようです。「そういえば、諸星大二郎が西遊記を描いていたけど、あの大作家なら玄奘をどうするだろうか」と思い出してウィキペディアの作品解説をみたら、そんなことが書いてありました。さすが諸星大二郎。でもこの玄奘はヒーロー的な人物ではなさそう。このマンガ、読んでみようかと。(2022年6月26日)

こちらも私は未見ですが、近年の本ではこれがあるようです。

人物伝の記事をいくつか