【今日の名言】
夏目漱石(明治~大正の文豪、1867~1916)
牛のように図々しく進んでいくのが大事です。
漱石が、若手だった頃の芥川龍之介(1892~1927)への手紙で述べた言葉。自分が本気で信じる道を、力強く・あせらず・根気よく進んでいこう。
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この漱石の手紙を受け取った頃の芥川は、大学を出たばかりで、作家としての地位はまだ確立していません。ただし、在学中に文壇デビューを果たし、作品は漱石からも高い評価を得ていました。
その芥川に、漱石(当時49歳)は心のこもった、深いアドバイスを書き送ったのです(芥川の友人の若手作家・久米正雄も含む2人宛ての手紙)。
上記の「名言」の部分だけではもったいないので、漱石の手紙をもう少し引用します(関口安義『芥川龍之介』岩波新書より。旧仮名遣いなど表記を一部改めた)。
“どうぞ偉くなって下さい。しかしむやみにあせってはいけません。ただ牛のように図々しく進んでいくのが大事です。文壇にもっと心持ちの好い愉快な空気を輸入したいと思います。それからむやみにカタカナに平伏する癖をやめさせてやりたいと思います。”
「牛になる」ということは、この直後に書かれた別の手紙にも出てきます。そこからも引用します。
“牛になることはどうしても必要です。われわれはとかく馬になりたがるが、牛には中々なり切れないです。”
“あせってはいけません。頭を悪くしてはいけません。根気づくでおいでなさい。世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えてくれません。うんうん死ぬまで押すのです。”
“牛は超然として押して行くのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません。”
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私は「頑張っているけど、うまくいかない」と落ち込むときなどに、この言葉を思い出したいです。あるいは、高い目標で仕事に取り組むときに、座右の銘にしたい。
以上は要するに「目先の成果や評判にとらわれず、格好つけたりせず、本質的なところで努力を積み重ねよう」というアドバイスですが、それを「さすが文豪」と言いたくなる、力のある言葉で伝えてくれます。
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35歳で自殺してしまった芥川は、漱石のアドバイスのように「牛のように図々しく」歩んだとは言えないのかもしれません。
ここでの引用元である『芥川龍之介』(岩波新書)の著者・関口安義さんも「この手紙を芥川たちは感激して読んだが、その意図は二人には伝わらなかった」と述べています。「若い二人は “火花”にあこがれても、牛の歩みが象徴する“根気”や“超然”さには目が及ばなかった」というのです。
たしかにそうだったのでしょう。ただ、関口さんによる芥川の評伝を読むと、芥川が才能だけではない、真摯な勉強家・努力家であることもわかります。
でもやはり「牛」という感じではない。「馬」になれる人なので、「牛」にはならなかった。
しかし、彼のような輝く才能はなくても、私たちが自分なりに「牛」になって進めばいいと思います。とにかく、世の中にそういう人は必要です。
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