村上春樹さんは30歳頃に初めて書いた小説「風の歌を聴け」でデビューしました。この作品はいったん書きあげた原稿を、全部書き直して完成させたものです。
最初は一般的な小説の文体で書いたのですが、どうも納得できない。そこで最初の1章くらいを英訳してみた。英語だと(出来る人でも)やはり表現は簡単になります。
そして、その英文を日本語に訳すと「これだ」と思えるシンプルで新しい日本語の文体がみえてきた。そして後の部分は、その文体の日本語で直接書き直していったのです(『職業としての小説家』新潮文庫)。
また経済学者の関満博さんも、若い頃に書いた論文の読みにくい箇所について、指導の教授から言われて「英訳して日本語に戻す」ことをやってみたそうです。すると、じつに平明な文になったといいます(『現場主義の知的生産法』ちくま新書)。
このやり方は、わかりやすい・シンプルな文章を書くひとつのノウハウのようです。私のように英語力が不足なら「和文和訳」(教育学者・板倉聖宣さんによる言葉)でもいいでしょう。
「和文和訳」とは、要するに書き直すことです。「いったん書きあげたものを書き直す」ということも、文章を書くうえで重要な作業なのだと思います。めんどうかもしれませんが、村上春樹さんでさえそうしているのです。