そういちコラム

数百文字~3000文字で森羅万象を語る。挿絵も描いてます。世界史ブログ「そういち総研」もお願いします。

映画『ルックバック』感想・「自分の才能」と向き合う

先日、郊外のシネコンでアニメ映画『ルックバック』(押山清高監督)を、夫婦で観てきました。

人気漫画『チェンソーマン』の作者・藤本タツキによる同タイトルの短編(といっても150ページ弱あるそうです)をアニメ化したものです。「上映時間58分」という、多くのスクリーンで公開される作品としては異例の尺。ネット上の評判をみて、「ぜひ観たい」と劇場に足を運びました。

私が観たときは、若い客がほとんど。中高年は私たちと、50歳くらいとおぼしき男性が1人。

私は原作を読んでいません。ほぼ予備知識なしでこの映画を観たのですが、それで(それが)よかった。58分間はすばらしい体験で、おおいに満足して帰りました。妻は途中から泣いていました。

ネタバレになるので、内容には踏み込みませんが、この作品は、「クリエイティブの(絵を描く)仕事をめざす主人公たちの青春映画」です。おもな舞台は、少し前の現代日本。都会ではない、田舎といえる地域(その描き方は、たしかに現代的でした)。

「絵を描く仕事」にあこがれを持つ・持っていた人、それを志して学んでいる・学んだ人、そしてその仕事をしている・していた人が観たら、胸がしめつけられるような、強い感情がわきあがってくるのでは、と思います。 

旧ツイッターで、美大卒の方が、そのような感情・感動で「吐きそうになった」と述べているのをみかけたこともあります。

あるいは、絵を描く仕事でなくても、なんらかのクリエイティブな分野に志を持つ・持っていた人なら、同じような感情が起こるかもしれません。

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私がこの映画の最初のほうをみて、まず思い出したのは、ジブリ映画『耳をすませば』と『魔女の宅急便』です。

これらの映画の主題のひとつは、「自分の才能とどう向き合うか」「才能をどう育てるか、どう生かすか」ということだったと思います。

絵を描くのが上手い、文章が得意、あるいは歌がうまい、足が速いといったことを周囲が褒めてくれて、自分にも自覚があり、その活動が好きだという子どもや若い人がいる。それは素晴らしいことなのですが、悩みや苦しみは、そこから始まる……

2つの作品は、そのことを大事な要素として描いていました。『耳すま』の主人公が向き合ったのは、物語などの文学。『魔女宅』では、空を飛べる力が「才能」の象徴として描かれています。

そして、『ルックバック』は、「自分の才能と向き合う」ことを、さらに真正面から、徹底して掘り下げています。そのテーマが、映画全体を貫いています。

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58分のあいだに、私は何人かの若い人のことを思い出しました。

私は、学生・若い人向けのキャリア・カウンセラーの仕事を(仕事のひとつとして)、もう10年余り行っています。

これまでにお会いした数千人の就活生のなかには、それなりの人数の美大生や、芸術・エンタメ系の専門学校生がいます。その方面の学科でなくても、いわゆるクリエイティブの仕事をめざす人も少なくありません。

あるいは、「ふつうの仕事」に就職しながらも、創作や音楽の活動を続けたいという人もいる。

この分野で自分の希望をかなえることは、たしかにむずかしい。

しかし、その「狭い道」にあえて進もうとする若い人がいる。

私も、その人の状況・条件をふまえながら、どうにかその「狭い道」を行けないものかと一緒に考えたり、アドバイスをしたりしてきました。そして、やはり「ふつうの仕事」の就職とは異なる、大変な面があることを実感しています。

キャリア・カウンセラーの仕事でこれまでお会いした何人かのことが、頭をよぎりました。

あの人たちは(希望する道へすすんだ人もいるし、そうではない人もいる)、今どうしているだろう……

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また私は、2021年に観た『映画:フィッシュマンズ』のことも、この『ルックバック』から思い出しました。1990年代に活動したバンド、フィッシュマンズについてのドキュメンタリー映画です。

このバンドで作詞作曲やボーカルを担った佐藤伸治さんは、1999年に急逝し、その後は他のメンバーがゲストのボーカリストを迎えてバンドを続けています。90年代当時は、一部で高く評価されたものの、大ヒットには恵まれなかった。しかし、近年は海外でも知られるようになりました。

『映画:フィッシュマンズ』は、「ひとりの創造的な若者が、喜びや苦しみを味わいながら道を究め、たしかな高みに達したところで亡くなってしまう」という成長過程を描いています。

その過程で、ボーカルの佐藤伸治さんの様子は、変わっていきます。

デビュー当時はかわいらしさも残るお洒落な若者だったのに、亡くなる直前の最後のライブではすっかり「道を究めた人」という感じです。必死に歩み続けた結果、多くのミュージシャンには不可能な、遠く高いところに達していた……

そして、佐藤さんの「輝く才能」にひかれて集まり、深くかかわった人びとの喜びや苦しみも、もうひとつの主題として描かれている。

つまり、この映画は、現代の日本で「自分の才能と徹底して向き合い、道を究めていった人」の物語です。その意味で、私のなかでは『ルックバック』と重なります。

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さらに、「自分の才能と向き合う」というテーマは、私自身のことも考えさせるものでした。

私は、ごく若いときはそういう悩みは希薄でした。しかし、30歳くらいから(今から20数年前)、会社の仕事以外での自分の関心領域が深まり、その方面で何かを書きたい、著書を出したいと本気で思うようになりました。

それは客観的にみれば「狭い道」そのものでした。著作活動には(どんな分野であれ)、一定の特別な能力・才が要ります。私の経歴(一般的なサラリーマン)では、それがあるとは考えにくい。だから、悩みは多かった……

しかし、紆余曲折を経て、中高年になった現在、自分の思いはある程度は実現しています。そして、今も「もっと実現させたい」と思って、取り組んでいるところです。

そんな自身の事情もあって、若い人が自分の才能と向き合いながら、「何かを表現したい」「それを仕事にしたい」と悩むのをみると、私は共感をおぼえます(キャリアについての相談者である若い人には、自分のことは言いませんが)。

『ルックバック』の、若い主人公たちに対しても、私のような中高年のジジイが、すっかり共感し、感情移入してしまいました。

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映画よりも自分語りになって、脇道に逸れてしまったかもしれません。

でも、『ルックバック』は、これを観たことで、いろんなことを思い出したり考えたりしてしまう映画です。

いろいろな人が、(ここでの私のように)自分の経験や、これまでに触れた作品と重ね合わせながら、この映画を語っていることでしょう。観た人にそうさせるのは、それだけの力を持った作品だからです。

すぐれた原作を、おそらくは予算などの制約も多いなか、みごとな技量で映画化した傑作だと思います。

 

私そういちの著書(2024年2月に出た文庫)