そういちコラム

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独特の発達を遂げたヨーロッパのパンの美味しさ・世界のパンの大分類

今朝は、昨日買ってきた、たまに買っている専門店のパンを朝食にしました。

ヨーロッパ風の、歯ごたえのある、パンの風味をかみしめるようなパン。パンを味わうことがメインなので、パンのほかには、野菜スープとチーズを少々、あとはコーヒーだけ。

私は基本的にはご飯党なのですが、たまに食べる、こういう美味しいパンも大好きです。しっかりとした上質なパンには、食べる喜びが詰まっている感じがします。

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そして「パン」というと、私たちがまず思い浮かべるのは、ヨーロッパ(欧米)のパンです。街のパン屋さんで売っているのは、だいたいヨーロッパ型のパンか、それをアレンジしたもの。

でもそういうパンは、世界のパンのなかでは、特殊なもののひとつにすぎません。

以下、舟田詠子さんの『パンの文化史』(講談社学術文庫)を典拠にして、世界のパンについて簡単に述べます。

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世界のパンは、大きく分けて「無発酵パン」と「発酵パン」に分かれます。ほかにも材料のちがいなど、いろんな分類があり得るわけですが、この2つに大別するのが一般的です。

ヨーロッパのパンは、パン生地を発酵させて焼く、分厚くふわっとしたパン。

これに対し、生地を発酵させないで焼くパンもある。薄く平べったい焼き上がりで、冷めると固くなる。

たとえばトルティーヤ(中南米、トウモロコシが材料)、チャパティ(インド、パキスタン、アフガニスタン、イランなど)、フブス(シリアなど)といったもの。ヨーロッパにも、ノルウェーにはフラット・ブローという無発酵の薄いパンがあるそうです。

そして発酵パンには、大きく2つのタイプがあります。薄くて平たいものと、分厚いものです。

「薄くて平たい発酵パン」で、私たちに最もおなじみなのは、ナン(ナーン)でしょう。

ナンというと私たちはまず「インドのもの」と思いがちですが、じつはインドで伝統的にナンをさかんにつくってきたのは一部地域で、ナンの本場はむしろイラン、パキスタン、アフガニスタンといったインドの西側あるいは北西の地域だそうです。

そして発酵パンのもう一つのタイプが、ふわっと膨らんで、厚みのある、カタマリや棒状になっているもの。ヨーロッパ型のパンはこれです。

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ところで、発酵パンを分厚くつくるうえで基本的な条件に「その土地で燃料が豊富に手に入ること」があります。

無発酵パンや、平たい発酵パンを焼くのは、「下に火を焚いて熱した鉄板のうえにパン生地をのせて焼く」といった簡単な設備で可能です。きちんと焼くにはカマドがいることもありますが、鉄板だけでもとりあえずのことはできる。

燃料である薪についても、鉄板を熱くするのにはそれほどの量は要らない。「平たいパン(無発酵・発酵の両方含む)」を食べる地域は、燃料である薪の供給源である森林資源が限られる傾向があります。

これに対し、ヨーロッパ型の分厚いパンは、薪を豊富につかってカマドで焼かないとできません。

そしてヨーロッパ(アルプス以北)は森林が豊富でした。その条件をいかして、ヨーロッパではほかの地域にみられないような「厚みのある発酵パン」が発達しました。

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そしてもうひとつ、ヨーロッパ型のパンの発達の背景には、食生活の根本的なシステムのちがいということがありました。

無発酵の薄いパンを食べる地域では、パンにおかずをのせたり、パンでおかずをはさんだり巻いたりして食べるのが基本です。

パンの目が詰まっていて水分を吸いにくく、おかずの水分でパンが崩れたり味が変わったりすることが少ないので、おかずと一緒にすることがやりやすい。ふわっとしたパンだと、そうはいかない。

舟田さんは《こうしたパンとおかずの豊富な組み合わせは、パン用の穀物や、野菜、乳製品に恵まれた環境があってこそ生まれる》と述べています。つまり、作物・食品に恵まれた地域ならではのパンの食べ方であるというわけです。

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一方、ヨーロッパ型の分厚い発酵パンの地域では、おかずとパンは別々に食べるのが基本です。そのようなヨーロッパ的なパンの発達について、舟田さんはこう述べています。

《……中世のアルプス以北の食生活では、おかずと言えるようなものはほとんどなかった。社会の上層でさえ、マメのスープと焼いた肉が中心だった。そのような社会では、パンをおかずと組み合わせることでおいしく食べようとすることよりも、パンそのものをおいしくすることの方へ意を用いた感がある。この人びと〔アルプス以北のヨーロッパ人〕が目指したことは、最初からよりふっくらと発酵させることであった》

だからヨーロッパ型のパンは、(上質なものは)パンだけを味わっても美味しいわけですね。

トルティーヤやナンだけを、おかずなしで食べても(例外はあるかもしれませんが)、そんなに美味しくはないはずです。

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でも、舟田さんも述べるように、だからといって無発酵パンや平たい発酵パンそれ自体が食文化として「未発達な低次のもの」とはいえない。

たしかに歴史的には、発酵パンのほうが後から生またということはあります。中世以降(この1000数百年の間)に発達したヨーロッパのパンは、世界のパンの歴史数千年のなかでは、新しいほうに属します。

でも薄く平たいパンを食べる人たちは、ヨーロッパ的なパンを発達させる必要のない食物の条件下にあって、自分たちの食のシステムを築いているだけのこと。

一方、食材に恵まれず、燃料には恵まれたヨーロッパ(とくにアルプス以北の西欧)の人びとは、「パン自体の美味しさ」をとことん追求し、これまた独特な食のシステムをつくりあげた。そして、パンだけを取り出してみれば、たしかにほかの地域にはみられないような高度の発達を遂げたといえます。

のちに、産業革命などによる生産力の飛躍的発展を経て、ヨーロッパ人も豊富なおかずを食べるようになりました。しかし「パンだけでも美味しいパン」の文化は残った。

このような歴史や背景を、私は舟田さんの本で知ることができました。

そして、今朝のように美味しいヨーロッパ型のパンを食べるたびに、以上のことを思い出すのです。

今度は、トルティーヤみたいな薄いパンにおかずをのせたり巻いたりして食べるのもいいなあと思います。

国立民族学博物館に展示されていたヨーロッパのパン(2021年撮影)

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