そういちコラム

数百文字~3000文字で森羅万象を語る。挿絵も描いてます。世界史ブログ「そういち総研」もお願いします。

日本にもっと大規模な、本格的なミュージアムを

今日は夫婦で上野の森へ行ってきました。東京都美術館で開催されている「毎日書道展」をみるためです。書道展として最も代表的なもののひとつ。妻が書道教室を営む書道の先生で、自分やお仲間が毎年出品している。この書道展に行くのは年中行事です。

書道展のあとは、同じく東京都美術館で開催されていた「フィン・ユールとデンマークの椅子」展をみました。

この企画展は美術館に行って知りました。私は、建築やインテリアには興味があり、この手の展示にもたまに足を運びます。私にとっては、今日は書道展よりもフィン・ユール展がメインになりました。

フィン・ユール展から・さまざまなデンマーク家具

フィン・ユール(1912~1989)は、デンマークの建築家・家具デザイナー。曲線的で優美な椅子のデザインでとくに知られています。

「北欧家具」「北欧デザイン」というジャンルがありますが、その代表はデンマークのものです(フィンランドなどもあるけど、やはりそうだと思う)。

フィン・ユールは、とくに名作が多く生み出された1940年代から60年代における巨匠の1人。彼の作品を中心に、そのほかのデンマーク家具と、関連する生活デザインを紹介する企画展。

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この展示で、映像・写真でみたことのある「名作椅子」の現物を、たくさんみることができました。こういうものは、やはり現物をみないと。

これらの「名作椅子」には、製造開始から数十年経った現在も生産・販売されているものも多くありますが、展示の中心は昔につくられたヴィンテージのもの。

一方で、現代の生産品を展示しているコーナーもあり、そこでは名作椅子に座ることができます。

北欧家具は、基本的には量産を前提にした「工業製品」であり「生活用品」です。その意味でいわゆる「美術品」とはちがう。しかし、とことん突き詰めたモノづくりであり、非日常の美しい世界がそこにはある。現代的な美の世界の、ひとつの代表のように私には思えます。

フィン・ユール展は、まずまずの盛況。若い人(20~30代)が多く、私たちの夫婦のような中高年は少数派でした。デザインや現代美術の企画展を見に来るのは、やはり若い人が多い。

美しい椅子に接して、私は気持ちがきれいになった気がしました。名作椅子に座る若い人や子どもたちも、そんな表情をしている。小さな子どもでも、いい椅子に座ると気分がよくなるようです。

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かえり道、多くの人でにぎやかな上野の森を歩きながら、「ここは大都市のなかの幸せな場所だなあ」と思いました。

赤ちゃん、子ども、若者、お父さんお母さん、中高年や老人など、あらゆる年代の男女が、非日常の美しいものや珍しいモノ(動物含む)に触れるためにやってくる。険しい顔、つらそうな顔の人はいない。

帰りの途中、国立西洋美術館の庭先に寄って、ロダンの彫刻をみました。「地獄門」をみていたとき、目の前に小さな男の子と女の子がやってきて、この作品をじっとみあげていた。そして「これ、なあに?」などと、お母さんに話している。やはり「ここは幸せな場所だ」と思います。

このように上野の森はいいところだと思いますが、私には不満もあります。

それは、企画展以外でも足を運びたくなるようなミュージアムがないということ。また、海外の多くの人が「ぜひ行きたい」と思える施設はない、ともいえるでしょう。つまり大英博物館やルーブルやメトロポリタンのような施設がない。

西洋美術について、これらの巨大ミュージアムに匹敵するものは、日本ではさすがに無理だと思います。

でも「日本美術について全体像を知りたいなら、まずは重要作品が多くある、この美術館に行けばいい。全部みるには何日もかかるけど」みたいな施設が上野の森にあってもよさそうなのに、それはないようです(日本全国でも、単独の施設ではそのようなものはないはず)。

あるいは、現代日本文化の代表格といえる、マンガやアニメについての大規模なミュージアムが上野の森にあってもいい。

麻生政権のとき、マンガ図書館の大きな施設をつくる計画(100憶円規模)がありましたが、「政府予算でマンガ喫茶をつくる気か」といった批判が出た。そして民主党政権になって、計画はつぶれてしまいました。

しかし、私はこの手の構想は今も検討に値すると思います。

マンガやアニメのほかに、現代日本は建築や家具、生活関連のデザイン、ファッションなどの分野でも「大国」です。そういう「建築・デザイン」の大規模ミュージアムもあっていいいと思います。

でも、マンガのミュージアムに関心のある政治家はいるようですが、建築・デザインのミュージアムに関心のある政治家は、私は聞いたことがない。

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くれぐれも、マンガ・アニメであれデザイン・建築であれ、私がイメージするのは、こじんまりした専門ミュージアムではありません。あるいは地方都市でときどきあるような、建物は立派だけど中身はそれに追いつかない、閑古鳥の泣いているものでもない。

そういうものではなく、上野の森のような東京のど真ん中の駅近に、巨大な美しい建物で、圧倒的な常設展示や資料、おおぜいの専門スタッフを備えた施設をつくってほしい。おそらく初期投資で数百億円はかかるでしょう。

「日本美術」「マンガ・アニメ」でそういう施設をつくったら、きっと世界的な名所になるはずです(「建築・デザイン」だと世界的名所はむずかしいかも)。つまり、相当な産業になるのでないか。

でも、そんなミュージアムに何百憶円なんて、今の日本では、国家事業としては国民のコンセンサスが得られない気がします。

ならば(アメリカでみられるように)民間でやるしかないのですが、そんな事業の主体になれるだけの財力・見識をそなえた富豪や財団が、日本に存在するのでしょうか? 

世界から多くの人がやってくるすばらしいミュージアムは、巨大な富と知恵・センスの結晶です。大英博物館やルーブルやメトロポリタンは、まさにそう。

そして、すばらしい大規模なミュージアムを、文化的な大国ならば持っている。日本にそれがないのはさびしい――帰りの山手線では、そんなことを考えました。

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