そういちコラム

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もっと有効な「味方の増える旗印」を

第二次世界大戦のとき、ファシズムの陣営(ナチス・ドイツ、日本、イタリア)が敗北した理由のひとつに「味方の増えない、敵をつくりやすい旗印」を掲げていたことがあります。

つまり、ファシズム国家は「自分たちの民族こそが世界に君臨すべき優れた存在だ(ほかは自分たちに従うべきだ)」と主張していました。これは侵略戦争の正当化にもつながる世界観です。

そしてこの主張は、ファシズムの最大勢力であるドイツではとくに激烈なもので、ユダヤ人のように抹殺されるべき「劣等」な存在まで想定されていた。

「自国の優越」を説くばかりでは、やはり世界で孤立しやすくなります。それだけが「ファシズムの失敗」ではありませんが、敗北につながったひとつの要素だとはいえるでしょう。

これに対し第二次世界大戦のときのアメリカ・イギリスをはじめとする連合国側は、もっと多くの国や民族が乗りやすい、「民主主義」「民族自決」などを旗印として掲げました。自分たちはそれらの価値を守るためにたたかう側だと(1941年8月の「大西洋憲章」など)。

外側からファシズム国家をみて、その独裁体制に反感を持つ人は多くいたし、列強の植民地の人びとには、独立につながる「民族自決」は支持できるものでした。

アメリカやイギリスの内実はそんな「理想」ばかりではなかったとしても、とにかくこの旗印は味方を得やすい、つまり「普遍性が高い」ものでした。有効な旗印を掲げることは、戦いを制するうえで重要です。

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今のウクライナ戦争に関し、バイデン大統領は「これは民主主義と専制国家の戦いだ」と言っています。ウクライナとそれを支援する我々は民主主義という「善」の側で、専制国家ロシアは「悪」であると。

私はたしかに民主主義を支持しますし、ロシアによる侵略はまさに暴挙だと思います。しかし、バイデン大統領のかかげる旗印は、かつての連合国ほど有効ではないとみています。

「民主主義」の旗印だけでは、味方がそれほど増えないのでは? 今の世界で多数派の国ぐには、建前はともかく民主主義とは程遠い体制だからです。中国はその代表です。

そこで、今掲げるべき旗印は「民主主義」よりも「力による現状変更(侵略戦争)はとにかくダメだ」という、もっとベーシックなことのように思います。そのほう有効な「味方の増える旗印」です。

「力による現状変更はダメ」なら、世界の多数派の国ぐには「それはそうだね」と賛同しやすいはず。反米的な独裁国家であっても、賛同する余地があるわけです。かなりの独裁者は、周辺国や大国からの攻撃を恐れています。

独裁国家は、民主主義の理想をかかげる立場にとっては「敵」かもしれない。私も独裁体制に強い嫌悪の念があります。

しかし、今回の大きな争いに対処するには、「敵とともに生きる」という、柔軟でしたたかな発想も必要なはずです(「敵とともに生きる」は、水木しげるの言葉)。

今のバイデン大統領には、そういう柔軟さが欠けています。「プーチンは権力の座にいるべきでない」「ロシアが弱体化することを望む」みたいな発言が、安易に自身や政権の高官から出てしまう。

対立する独裁政権を民主主義の旗のもとにアメリカが潰そうとしているなら、民主的とはいえない多数派の国は共感できないはず。

そして、もちろんプーチンは論外です。「偉大なロシアが周辺国を束ねて君臨すべき」というのは、典型的な「味方の増えない旗印」です。

しかし一方のアメリカも、ますます味方の増えない旗印のほうに落ち込んでいくかもしれない。これは紛争の解決や平和を妨げることになるのではないかと、心配です。

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