そういちコラム

数百文字~3000文字で森羅万象を語る。挿絵も描いてます。世界史ブログ「そういち総研」もお願いします。

『チ。‐地球の運動について‐』に描かれているのは地動説の史実でなく「本質」

この間、魚豊(うおと)『チ。‐地球の運動について‐』というマンガの1巻から7巻までを一気に読みました。前から気になっていた作品。

「チ」とは、地動説のことです。天動説を正統とする権力が支配する世界で、危険思想である地動説を探究し、権力による弾圧に命がけで抵抗する人びとを描いた作品。今年(2022年)6月末に出る8巻で完結だそうです。

といっても、コペルニクスなどの歴史上の科学者が出てくるのではない。「C教」なるものが支配する架空の「中世」末期を舞台とする、一種の異世界ファンタジーあるいはSFです。

だから、そこに登場する人物、エピソード、学説の継承・発展過程などは、史実とはかけ離れている。ただし、作品に名前が出てくるプトレマイオスなどの古代の科学者のことは、一応史実に基づいています。

私はライフワークである世界史研究の一環として、科学史についてもいくらかは本を読んだので、一応それはわかる。

しかし、この作品には史実は描かれていなくても、地動説の歴史の「本質」といえるものがたしかにあるのです。

それを友情・信頼を軸とした人間ドラマ、戦いなどの活劇、ときどき出てくる残酷描写といった、マンガらしい要素をまじえて描いています。そうやって「地動説」などという硬くて古臭いテーマが、深みのあるエンターテインメントになっている。

***

話題のマンガですから、「『チ。』で描かれていることと史実のちがい」については、いろいろ論じられているはずです(確認してはいませんが)。それよりも大事なのは、この作品に描かれた歴史の本質のほうです。

近代科学における地動説(太陽中心説)は、ご存じのようにコペルニクス(1473~1543、ポーランド)が出発点です。では、なぜコペルニクスは地動説を考えたのか? 

そう問われると、多くの人は「天体観測のデータから天動説(地球中心説)の問題点に気がついて」「天動説をくつがえす新事実を発見して」などと考えるのではないでしょうか。

しかし、コペルニクスを深く研究した科学史家たちは「そうではない」と言っています。

コペルニクスの時代の天動説は、2世紀のプトレマイオスによる説を元にしています。コペルニクスの時代において、天動説はプトレマイオスの頃よりも、はるかに複雑怪奇なものになっていました。天体観測のデータが積み重なるにつれ、そのデータと天動説のモデルのつじつまを合わせるため、モデルにさまざまな手直しがほどこされていたのです。

そのあり方は「つぎはぎの怪物のようだ」と、コペルニクスは著書で述べています。

コペルニクスは「こんなものではなく、ほかの考え方はないか」という問題意識を持った。そして古代の文献で地動説を知り、そこから自説を築いていったのです。

そして彼の地動説は、地球を宇宙の中心におく聖書の記述に反するものでした。

***

科学史家の板倉聖宣は、「(コペルニクスは)当時の天文学の理論がいやにわざとらしくなっている、ということに気づいた」と、半世紀以上前にすでに述べています(『科学と方法』仮説社)。

現代の研究者の高橋憲一さんも、コペルニクスが「問題から出発したのであって、観察から出発したのではない」ことを強調しています。

その「問題」とは、当時の天文学の通説が、プトレマイオスが唱えたシンプルな円運動の原理から外れていたことです。「原理違反をした理論を認めることは彼にはできなかった」と高橋さんは述べている(『コペルニクス』ちくまプリマ―新書)。

『チ。』の第1巻に登場する、この作品における地動説の継承の起点となる研究者も、コペルニクスと似た問題意識を持っています。複雑な天動説を「このような宇宙は美しいか?」と批判し、「地球の運動によって、美しさと理屈が落ち合う」のが自分の研究であると語っている。

まずこのあたりを読んで、「さすが、本質がわかっている!」と私は共感しました。

***

そして、この作品の特徴のひとつに「主人公が代替わりしていく」ということがあります。何世代かにわたって地動説の理論や、それを記した書物や資料が受け継がれていく物語になっています。そのことも、まさに歴史における重要な「本質」です。

コペルニクスの主著も、従来は「ほとんど読まれなかった」とされていましたが、現代の研究では数百部(当時としては相当な部数)刷られたものが、知識人のミュニティでそれなりに流通して、読み継がれていったことがわかっています(ギンガリッチ『誰も読まなかったコペルニクス』早川書房)。

そして次の世紀(1600年代)のケプラーやガリレオの仕事によって地動説は大きく前進し、有力になっていった。

しかし、こういう史実に沿って描くのでは、マンガとしては面白くない。だからある種の「レンズ」「フィルター」を通して現実を大きく変形させ、感性や思考を刺激する物語を生み出す――この「レンズ」のことは、SF作家の小松左京が述べています(石川喬司『SFの時代』双葉社から孫引き)。

『チ。』という作品もまさに、SF的発想の「レンズ」を通した「地動説の歴史」になっています。そして史実を跡形もなく変形させながら、大事なことを浮かび上がらせている。

たしかに、地動説が権力の弾圧を受けながらも勝利していく過程は、本来きわめて感動的なものです。

コペルニクスの時代の天動説――「地球が宇宙の中心で、太陽は地球の周りをまわっている」という説明は、今の言葉でいえば、権力が支持する巨大なフェイクです。そしてそのフェイクは、さまざまな経験的事実、つまり多くの「ファクト」と、手の込んだ理論体系に支えられている。だから千何百年も通用した。

それをどう乗りこえ、フェイクを押しつける大きな力とどう戦うか? そもそも何が真理なのか?

これはすごく現代的なテーマです。天動説の歴史が持つ現代性を、『チ。』という作品は、わかりやすく、マンガ作品として楽しめるかたちで示しているのです。

 コペルニクス

 f:id:souichisan:20220408163646p:plain


ブログの著者そういちの最新刊(2024年2月5日発売)。世界史5000年余りの大きな流れをコンパクトに述べています。

関連記事 最終巻を読んだあとに書いた記事(一番上)など