そういちコラム

数百文字~3000文字で森羅万象を語る。挿絵も描いてます。世界史ブログ「そういち総研」もお願いします。

「真理を知りたい」という欲求

医師ウィリアム・ハーヴィー(1578~1657)は、「血液循環」の発見者です。4月1日はハーヴィーの誕生日。

「心臓の働きで血液が体内を循環していること」は、私たちには常識です。しかしハーヴィー以前には、明らかではありませんでした。

彼の研究は、長い間絶大な権威だった古代の学者たちの説をくつがえすものです。そこで当時は激しい非難も多く、自説を著作として発表してからは患者も減ってしまいました。

では、彼は「世間での立場や損得を考えず、ひたすら真理を追究した人」だったのでしょうか? 

いいえ、彼の出世欲は人並み以上で、有名病院の責任者であり、医師会の幹部や国王の侍医にもなっています。また、患者の遺族と報酬をめぐって争うなど、お金にもこだわりました。

その一方、手術室にこもって解剖や実験をくりかえし、真理の探究を続けたのです。たとえば128種もの動物を解剖して心臓を調べ、「心臓は筋肉でできていて自力で動く」ことを明らかにしています(それも当時はわかっていなかった)。

「自説を発表することによる損得やリスク」を、世慣れたハーヴィーは承知していたはずです。

彼は自説の発表には慎重でした。何年もかけて医学界の有力者のなかに味方をさがし、自分の地位が向上するのを待って、それから著作を出版しています。それが効を奏してか、研究を発表してからも、彼は国王の侍医を続けるなど、ステイタスをかなり維持しました。それでも、いろんなデメリットはあったわけです。

もともと出世志向なのだから、そんな厄介な研究なんかやめとけばいいのに、とも思います。

それでもハーヴィーは、研究せずにはいられなかった。科学という「謎解き」の深い魅力にハマってしまったのです。

彼は悪臭の漂う手術室で作業しながら、自分がガレノス(古代を代表する医学者)の権威をくつがえす真理に達しつつあることに、震えるような感動をおぼえたはずです。

人間にとって「真理を知りたい」という欲求は非常に強いものなのでしょう。それは単なる出世や成功ではかえられない。ハーヴィーは、それを示す古典的な事例です。

(参考文献  中村禎里『血液循環の発見』岩波新書)

 f:id:souichisan:20220401182207p:plain

 

関連記事