そういちコラム

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欧州の新しい「壁」・人類は壁をつくってきたが、それは破られてきた

ウクライナのゼレンスキー大統領は、先日(3月17日)ドイツの連邦議会におけるリモート演説で「欧州の新しい壁を壊してください」と訴えたそうです。つまり「自由」と「非自由」を分かつ壁が、今の欧州にできているのだと。(日経新聞2022年3月18日など)

そのような壁は、20世紀後半の東西冷戦の時代にもありました。自由主義と共産主義を分かつ壁。それは「鉄のカーテン」ともいわれた。ドイツのベルリンの壁はその象徴でしたが、1990年前後の冷戦終結で崩壊しました。

しかし今、新しいかたちで「壁」が復活しつつあるということです。

こうした「壁」は、利害・文化・主義などが異なる人間集団のあいだの緊張・対立によってできたものです。緊張が極度に高まった結果、それが物理的な壁のかたちであらわれることも、くりかえされてきました。

少し前には、メキシコとアメリカの国境にあるフェンスがそのような「壁」として注目されました。これはアメリカという裕福な先進国と、そうではない外部の世界とを隔てる壁です。その強化をトランプ大統領は公約にかかげていました。

こうした壁は、遠い昔からあります。とくに有名なのは、2200年余り前に秦の始皇帝が整備して、その後の王朝に受け継がれた万里の長城。ローマ帝国も、辺境で蛮族の侵入を防ぐ壁をつくっています。

約4000年前のメソポタミアでも、繁栄の中心だった王国が、周辺の異民族を防ぐための「長城」をつくっています。おそらく人類最古の「長城」です。

しかし壁は、結局は破られてきました。中国ではのちに北方の異民族による王朝が支配するようになり、西ローマ帝国は蛮族の侵入で崩壊しました。メソポタミアでも、壁は穴だらけで役にたちませんでした。

アメリカとメキシコの間の「壁」も、いつかは同じことになるのでしょう。

それでも古代から、人は自分たちを守るための壁を築いてきました。それは「安心」を求める、人間の根本的な欲求や感情に訴えるものなのです。

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さらに、「壁をつくるのは外部に対し強いプレッシャーを感じている側である」ということも大事です。つまり、壁をつくる側は「自分たちは敗北しつつある」ことを多少とも感じているのです。

壁が破られるのは、その「敗北の予感」が長い時間を経て現実化したということです。

これは、ベルリンの壁にもあてはまります。

第二次世界大戦で敗北したドイツは東西に分割されました。西ドイツは自由主義の「西側」に組み入れられ、東ドイツはソ連に従属する「東側」の社会主義国となった。ただし、戦前からドイツの首都であるベルリンでは、東ドイツの都市でありながら、西側が管理する区域=西ベルリンが存在し続けました。

そしてベルリンの壁は、1961年に東ドイツ政府が西ベルリンをとり囲んで建設したものです。それは、当時増大しつつあった自国民の西ベルリンへの流出を阻むためでした。

つまり、東側の陣営が「自分たちは劣勢にある」と感じてつくったのです。その「敗北の予感」は、建設から30年ほど経った1989年に壁が解放されて現実のものとなりました。

ゼレンスキー氏のいう「欧州の新しい壁」は、劣勢に立たされている「非自由」の側が大きなプレッシャーを感じていることのあらわれではないでしょうか。歴史の流れを根底から変える、強力な新しい運動が生まれたわけではない。ただし、むずかしい問題を世界が抱えたということではある。

「欧州の新しい壁」も、いずれは崩れるでしょう。しかし、それまでに多くの犠牲が出てしまう。

ウクライナの人びとからすれば「こっちは毎日人が死んでいるんだ!」ということでしょう。「いずれ壁は崩れる」などという話は、遠く離れた書斎での談義にすぎないのかもしれません。

それでも「壁をつくる側は敗北してきた」ということは、大きな歴史の教訓だと思います。そこから希望を語ることは、まちがいではないはずです。

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