「何が嫌われているか」を見出し、それを徹底的に攻撃すること――それが現代の選挙ではきわめて重要である、ということを、このブログでは、このところ何度か述べています(都知事選やアメリカ大統領選関連の記事)。
経済成長が見込めなくなった、将来への期待を抱きにくい社会では、そのようなネガティブな感情が大きな影響力を持つ、ということも以前に述べました。
今回の兵庫県知事の選挙でも、上記の主張はあてはまると思います。
では、この知事選における「嫌われている存在」とは何か?
それは、「多くのふつうの人たちにとってイメージしやすい既得権の側の人たち」ということになります。
つまり、生活するなかで視界に入ってくる、自分よりも優遇されていると思える人たち。
たとえば、失職して今回当選となった知事と対立している、県庁職員などの公務員の人たちはまさにそうです。
そして、地元の経済的・政治的利権に何らかのかたちで関わっている人たち。大手マスコミの高給取りのエリートや、マスコミで発言する知識人もそうです。
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私も、これらの「既得権」の人たち、あるいは「優等生」といえる人たちには、いろいろな問題があると思っています。しかし、この人たちの持っているものは、たかが知れているとも思います。
説明は省きますが、それは「中流」「中産階級」レベルの既得権に過ぎません。いわば「中くらいの(あるいは小さな)既得権」です。
しかし、世の中には、「支配層」と言えるレベルの、もっと巨大で強力な既得権というものがあるはずだと、私は思います。しかし、それは当然ながら、私を含め多くの有権者の視野には入りにくいはずです。
「あいつらばかりいい思いをして…」という不満は、「雲の上」よりも自分に近いレベルのところにまず向けられるものです。
アメリカの例でいえば、大富豪や巨大企業の持つ利権よりも、移民のようなマイノリティ的な立場の人びとへの優遇や福祉のほうに、かなりの人たちが不公平感を持つということがあるわけです。
私たちの多くは、プライベートジェットやそのオーナーを身近にみることはまずありませんが、政府や自治体から何らかの優遇を受けている人なら、かなりみたことがあります。
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そこで、今回はここでいう「中くらいの既得権」と戦ってくれそうだ(だからマスコミから攻撃されている)、というイメ―ジが形成され、期待を集めた人が当選したのではないかと、私は感じています。
また、そのイメ―ジ・期待は、SNSの言論を通じて形成されたわけです。
このようなパターンは、これからの先進国の選挙においてくり返しあらわれるはずです。
つまり、多くの人にとってみえやすい「中くらいの既得権」に敵対している、という側に(イメージとして)立つことができた者が勝つ、というパターンです。一方、既得権側や優等生側だと思われたら、おおいに不利になる。
また、そのような「勝つ側」に立つうえで、SNSはきわめて有効な道具だということも、今回非常に明確になったと思います。
そして、「大きな権力や既得権の側が、中小の既得権を攻撃する(それによって支持を得る)」傾向が、政治において強くなる可能性(場合により危険)も感じます。そのような構図を、かなりの有権者が、どこまで自覚しているかはともかく、つよく求めている。
そして、今回の選挙でSNSでの真偽不明も含めた情報がおおいに拡散したのは、「中くらいの既得権」を嫌悪する、かなりの有権者が求めている構図に沿ったものだったということです。
とりあえず、今回はここまで。選挙結果に対し、思ったことを早く発信したいと思い、取り急ぎ書いた次第です。






